確かに、ジャーナリストの片岡健氏が映画で語る「それだけの目に遭いながら、なんで彼は生きてるの?なんで林眞須美さんに出される食べ物や飲み物を何の疑いもなく食べ続け飲み続けたのか」という疑問につきる。

 そこで、「眞須美の自白が取れないから、代わりにお前がしゃべってくれたら、もう楽にさせてやると検察に持ちかけられた」と語る健治は、警察や検察から取引を持ち出されたのか、男性に聞き出そうとするが――。ここはぜひ、劇場で確認して欲しい。

「ヒ素」は一般家庭にも
矛盾する目撃証言と状況証拠

「和歌山毒物カレー事件」は冤罪なのか?カメラがとらえた“杜撰な捜査”の実態現在、一人暮らしの林眞須美の夫、健治 (C)2024digTV

 この映画を観て、「和歌山カレー事件」について全く知らなかったことに気付かされる。そのひとつが「ヒ素」についてだ。一般の人が自宅で所有することなどないという思い込みがあった。

「あの地域ではシロアリ駆除剤として使われていました。非常にやっかいな“イエシロアリ”が温暖な気候の和歌山にはたくさんいて、それに非常に良く効くのがヒ素なんです。1980年代ごろは、印鑑さえあれば購入できて、一般家庭にも置いてあったそうです」

「ヒ素の鑑定」は、死刑判決を支える最も重要な状況証拠だ。映画では、科学鑑定の正確性や妥当性を検討すべく、当時、ヒ素の分析にあたった東京理科大学の中井泉教授と、その鑑定に異を唱える京都大学の河合潤教授が登場する。河合さんは、再鑑定の結果、カレー鍋に混入する際に使ったと思われる紙コップに付着していたヒ素と、林眞須美の自宅から発見されたヒ素は同一ではないとし、再審請求を行う際に中井教授の鑑定に抗議。民事裁判にまで発展している。

「一部の事件を知る人たちの中では、河合さんの鑑定は正しく、中井さんが恣意的に結果をねじ曲げているという見方が固定化しています。ただ、私が直接インタビューした範囲では、中井さん自身は、与えられた役割の中で自分のできる鑑定をしたと話しています。この映画がきっかけになって、科学者に議論してほしいですね」