これは本来国がやるべき仕事だが、行政が全て縦割りになっている状況下では、行政に任せているだけでは、永久に実現できないのは当然だ。大企業も縦割りだから同じことだ。
では、どうすれば良いのか?
この不条理を知ってしまったからには、見て見ぬふりをしているのは、許されることなのだろうか? 目の見えない座頭市だって、悪者が弱いものいじめをしていれば、放ってはおけないのに。
これは相当難しい仕事になるので、できる人はそんなにいないでしょう。しかし、多くの修羅場を潜ってきた自分ならできるのではないでしょうか? それなら、自分がやるしかないじゃあないですか? 私はとうとうそう思うに至りました。
80歳を超えた自分が、一から人を集め、お金を集めて、まったく未知の事業を興すのは、狂気の沙汰といえます。でも他にやる人がいないのなら、やるしかありません。
万一失敗したら、人生の最後の最後で方々にお詫びをしながら、みじめに死んでいくことになるでしょう。しかし、それを怖がって、何もしないで逃げているよりはマシでしょう。
失敗が嫌なら、失敗しないようにやればいいだけです。
成功するまで断固としてやり続ければいいいだけのことです。
この歳になったら、名誉も金もいりません。事実、私の給与はゼロです。
欲しいのは、「使命感から逃げないで、やるべきことをやった」という、単純な「事実」だけです。
そして、このことが、もしも日本の社会構造を少しでも良い方向に変えられたら、それをやっただけの甲斐は十分あったと思います。
こうして設立されたのが、日本であまり例を見ない、公共の為に奉仕するデータサービス(DaaS)会社「ORNIS」です。
82歳にして立ちあげたこのベンチャー企業は、まだ事業化の途中です。今がまさに「胸突き八丁」のところです。しかし私には迷いはありません。
松本 徹三 (著)
定価957円
(朝日新聞出版)
やるべきだと思ったことを、全力をあげてやっている。それだけのことです。
雉は鳴かねば撃たれまい。
でもそれでは人生はつまらないではありませんか。鳴きまくっていても、そんなに簡単には撃たれないでしょうし、撃たれたら、運が悪かったとあきらめるだけ。
いくつになっても、おろかに鳴き続けるのが、私の生き方なのかなと思います。
(構成:辻由美子)
※AERA dot.より転載