投資リターン計測への
平坦ではない道のり

 人的資本の投資リターンを計測する道程は平坦でない。そもそも、因果関係が科学的・統計学的に証明されている事象は世の中にそう多く存在しない。

 ここで注意すべき点は、因果関係と相関関係は全く違うということだ。

 相関関係とは、AとBという異なる特徴(変数)の一つが動くともう一つも動く傾向があるという関係だ。相関関係の存在は、互いが影響し合っている可能性を示しているに過ぎず、近代統計学では相関関係を示すデータのどちらが原因(鶏)で、どちらが結果(卵)であるかという議論を扱うことすらなかった。

 翻って、世の中にある統計を用いた論考には、相関関係と因果関係を一緒に扱うものが少なくない。もちろん、相関関係を示す事象は因果関係を内包する可能性がある。ただし、どちらが鶏でどちらが卵であるかという議論は、多くの場面において捨象されているように思える。

 統計学者の中室牧子氏と津川友介氏の著書『〈原因と結果〉の経済学』(ダイヤモンド社)によると、偽りの因果関係(いわゆる疑似相関)は大きく3つのパターンに分かれる。

(1)全くの偶然
(2)交絡因子(第3の変数)の存在
(3)逆の因果関係の存在

【図解】相関と因果は違う~3パターンの疑似相関

人的資本の投資リターンは「見える化」できるか?悩める人事部に光明をもたらす計測手法とは出所:「原因と結果の経済学」(ダイヤモンド社)を参考にフロンティア・マネジメント作成 

 筆者が最近見聞した(2)のパターンは、東京都議会選挙にまつわる報道だ。若年層から集票した候補者のYouTube動画の再生回数が圧倒的に多かったことから、今後の選挙戦にはYouTubeの活用が必須いう論説が拡がった。しかし、同候補者の支持者に若者が多かったのは別の理由かもしれないし、「若者の多くがYouTubeの視聴習慣がある」ことが交絡因子(第3の変数)となっている可能性がある。

 さらに注意が必要なのは、(3)逆の因果関係の存在だ。本稿のテーマで言えば「人的資本投資や多様性に積極的な企業は、業績や企業価値が拡大している」というものだ。

 筆者も人的資本投資が企業の発展にプラスであるという主張に反対する意図はないが、業績が順調な企業だからこそ、人的資本に投資する余力があるだけかもしれない。逆の因果関係の可能性に目を向けない論考(報道、記事、広告、戦略資料含む)には注意が必要だ。