バズワード化する「人的資本経営」、組織での推進を妨げる“3つの猿”とは「人的資本経営」はバズワード化している。組織に浸透させるための心得とは(写真はイメージです) Photo:PIXTA

人的資本経営の本質
人材戦略と経営戦略の接続

「人的資本経営」という言葉がバズワード化している。ただ、人的資本経営の方策として挙げられがちな表面的な外部開示や個人スキルの可視化などは、真の人的資本経営にほど遠い。

 人的資本経営の本質は、その名の通り経営であり、人材戦略が経営戦略と接続されていることが大前提となる。この点は、経済産業省が2020年9月に公表した「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」最終報告書(いわゆる人材版伊藤レポート)における人材戦略の3つの視点の中で最重要視されている。

 人的資本経営開示に関しては、国際標準規格であるISO30414に注目が集まっており、日本の認証取得企業数は14社と世界最多だ(2024年5月末現在)。だがISO30414は、あくまで開示フレームワークであり、認証取得=人的資本経営にとって必要十分ではない。

 以下では、(1)見えざる、(2)触れざる、(3)話さざる、という人的資本経営の推進を妨げる「3つの猿」を紹介する。

溢れるトップダウンの推奨
経営課題として見えていない

 1つ目の猿は「見えざる」だ。人事部門が人的資本経営の推進に際して、経営戦略とは独立したテーマとして、概念や必要性などを経営陣に訴えかけ、説得することから始めてしまいがちだ。筆者の経験上、経営陣が人的資本経営開示を人事部門の活動と理解してしまうと話が前に進まない。

 これを克服するためには、経営陣が人的資本経営開示を経営課題と実感してもらう必要がある。この際にISO30414を戦略的に活用することが有効な一手となり得る。具体的には、自社に適合(Fit)している部分と、乖離(Gap)がある部分を見極めるFit&Gap(フィット&ギャップ)分析をやることだ。施策ベースのスモールスタートに見えるが、なぜこのアプローチが有効か。

 ISO30414では準拠すべき11項目58指標が定義されている。この中には後継者の継承準備度など、人事部門だけでは把握が難しい指標が含まれる。指標の定義付けをするところから事業部門の巻き込みが必要となり、スモールスタートのはずが、終わってみると全社の経営課題をあぶり出すことに繋がるのである。

 ISO30414認証を取得している日清食品ホールディングスでは、人事部門が企業価値増大に貢献する部門と位置付けられている。人事部門は会社の複数部門を巻き込み、階層・職務別にプログラムを充実させると共に、重要ポストを定義して後継者の継承準備度を開示するなど目指す姿に向けた計画的な育成を推進している。

 これまでの日本企業では人事部門を管理部門と見做していたが、ISO30414に基づく指標可視化プロセスにおいて、全社を巻き込むことが可能になるのと同時に、経営課題も見える化される。見えることで経営陣は説得されずとも、自ら気付くことができる。これにより人事部門に対する経営陣の認識が単なる管理部門から経営課題解決集団へと変わる。