ノーベル賞を受賞した
画期的な統計手法とは

 因果関係を立証する統計手法として、ランダム化比較試験(RCT、Randomized Controlled Trial)がある。RCTが注目を集めるきっかけとなったのは、貧困問題研究にRCTを活用したマサチューセッツ⼯科⼤(MIT)のアビジット・バナジー氏らが2019年にノーベル経済学賞を受賞したことだ。
 
 RCTとは、無作為(Random)に割り付けた2つのグループ(介入群と対象群)を比較することで、選択(セレクション)バイアスを回避しながら、2つのグループを隔てる要素(介入の有無)がもたらす効果(因果関係)を見える化する実験アプローチだ。
 
 これまでRCTの活用は、製薬業界の臨床試験や国際問題の学術研究などに限られていた。実証実験に要するコストや時間が膨大となるためである。

 人的資本投資リターンの可視化におけるRCTの活用は、個別の民間企業には荷が重いかもしれない。なぜなら人的資本への追加的な投資、たとえば研修制度や人事管理システムを特定のグループ(部署など)だけに導入し、非介入グループとの差を計測するという行為は、経営判断としてジレンマがあるためだ。

 そこで、個別企業にできる代案として推奨したいのは、実際に大がかりなRCT実験を行わないにせよ、自然実験アプローチを取ることである。

 具体的には、研修制度や人事管理システムの導入(介入)の前後でトレンドに差分が生じたかを計測する「回帰不連続デザイン」、あるいは「差の差分析」を活用することで、人的資本投資リターンの一定の検証は可能であろう。

 個別企業が抱えることになるジレンマを克服する、あるいは本来の目的(人的資本投資の企業単位での効果検証)のために、政府、金融当局、業界団体、学術界が主導し、従業員単位ではなく、企業単位での人的資本投資リターンのRCT検証が進むことを期待したい。

(フロンティア・マネジメント マネージング・ディレクター 企業価値戦略部長 山手剛人)