書影『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)
白央篤司 著

「鶏肉とねぎのおじやとか、大根の葉のふりかけとか。婆は目分量でやってるからレシピもなくて、絶対同じ味にはならないんですけどねえ……」

 語尾にちょっと悔しいような思いと、懐かしさのない交ぜになったものがにじむ。婆さんは現在、認知症で施設に入られている――。

 後日、ニコさんが描いた「婆の味噌汁」の絵を目にする機会があった。細切りの大根がいっぱいに入った味噌汁の絵は、とてもおいしそうで、きらめいていて。食べたこともないのに、婆さんの味がなんだか感覚で伝わってくる。絵の力を思った。料理として同じものは作れなくとも、ニコさんはもうじゅうぶん婆さんの味を表現出来ている。

筆者・白央篤司がごちそうになった鍋の主
ニコ・ニコルソンさん 漫画家。神奈川県に生まれ、宮城県にて育つ。専門学校を卒業後に上京し、2008年デビュー。代表作に『ナガサレール イエタテール完全版』(太田出版)、『マンガ認知症』(ちくま新書 大阪大学大学院教授・佐藤眞一との共著)などがある。東京都在住、ひとり暮らし。