何でもできるがゆえの
つまずきからの東芝再興

 島田さんはかねてから、東芝には内部硬直性と外部硬直性の2つの課題があるとおっしゃっています。再興計画でも、本社機能の見直しや子会社の再統合などを通じて、グループが一体となって事業を推進する体制を確立し、内部硬直性を打開すると述べられています。また外部硬直性については、自前主義と決別し、グローバル市場におけるパートナー企業との共創に取り組む姿勢を強調されています。変革を加速するため、どのようにリーダーシップを発揮しようとお考えですか。

 手前味噌に聞こえるかもしれませんが、東芝は何でもできる会社で、これまで世の中に存在しないものをいくつもつくり出してきました。しかし、時代とともにそのような成功事業の多くがそれぞれの中に閉じこもり、サイロ化してしまったことは否定できません。その結果、東芝全体としての総合力や機能を最大限に発揮することができなくなった。これが内部硬直性の問題です。

 一方の外部硬直性は、事業のやり方の問題です。何でもできるがゆえに、何でも自分でやろうとしてしまう。これでは時間がかかりすぎて、現在のようなオープンなエコシステム、プラットフォームの時代にビジネスで勝つことはできません。内部硬直性と外部硬直性という2つの課題を突き崩し、組織や事業の壁を越えてみんなの思いや働きをエンカレッジすることが、リーダーとして私に課された役割だと受け止めています。

 万物の中で生命体だけが、秩序あるものはその秩序が崩壊される方向にしか動かないという「エントロピー増大の法則」に抗い、自分自身をつくり出し、自律的に秩序を生み出せるとされます。これをオートポイエーシス(自己生産)と呼びます。エントロピーは熱力学の用語で、乱雑さを表しています。高すぎれば無秩序化して混乱を招きますが、一方で低すぎると外とのやり取りが少なくなって変化が起きません。生物学者の福岡伸一さんが言う動的平衡、つまり常にたえず破壊しながら再生産する以外に生き続ける術がないのは、生物や人間、その人間の集まりである組織も同じです。しかも、世の中の流れが非常に速く大きく変わっているので、それに見合った形にみずからを再生産しなければ生き残れない。この点については、かなりしつこく言っているところです。

 ただし、その際にできるだけ混乱を起こさないことが一番大事だと思っています。渋谷駅周辺の大規模再開発が好例です。最初にビジョンを示して関係者の理解と協力を得ながら、終電後に集中的に工事を行うなどして、1日260万人を超す乗降者への影響を最小限に留めて街を生まれ変わらせる。東芝の組織と事業の変革も同様に、グランドデザインを示したうえで、ビジネスに支障を及ぼすことなく、お客様や社員への影響をできるだけ抑えて再生する「渋谷型」が理想です。

 東芝の社員はここ数年にわたって嵐のような環境に身を置き、さまざまな不安を抱き、時には経営陣に対するもどかしさも感じたはずです。経営トップとして、社員とどのように向き合われてきましたか。

 可能な限りフェース・トゥ・フェースで、それが難しい場合はオンラインや動画でも、私の口から現状や目指す方向を説明し、また社員の皆さんからの質問や意見を受け付けるように心を砕いてきました。2024年5月に再興計画を発表した後もアメリカに足を運び、3つの拠点でタウンホールミーティングを開催しました。皆、「こんなに早くに直接説明してもらったのは初めてだ」と驚いていましたが、非公開化による効果の一つといえるでしょう。ちょっとした対話から思いがけない気づきを得たり、信頼感や一体感が醸成されたりするなどの化学反応は、直接会うからこそ生まれるものです。それと同時に、SNSによる発信も積極的に行っています。時には耳の痛い言葉が返ってくることもありますが、上場していた頃の株主などとの対話を通じて鍛えられたせいか、素直に傾聴することができます。辛辣な声に対して逃げずに対応すると、「とにかく自分の意見を聞いてほしかった」という場合もあれば、建設的な議論のきっかけになることもある。そうしたコミュニケーションを通じて、自分自身の考えが変わったり進化したりするのは存外楽しいものです。そういう意味では、東芝社内でも他人や他部署にもっと関心を持って、言いたいことを言い合えるようにしなければならないと思っています。社内、社外にかかわらず、一人ひとりがみずからの持てる力を最大限発揮できるように、そのために本当に必要な人、技術、システムとつながれるように、これからも支え続けていきたい。

 もともと日本企業には、それぞれ独自の企業文化に根差した組織づくりやマネジメント手法がありました。たとえば企業変革だ、組織改革だと大上段に構えなくても、ワイガヤや大部屋方式などで人と人が有機的につながってイノベーションを起こし続けてきました。ここに、1970年代、80年代に日本企業が世界で圧倒的強さを誇った最大の要因があったのではないでしょうか。それがいつの間にか、欧米のビジネススクール流の組織開発や戦略論を真似るようになってしまったのが残念でなりません。

 量子力学には「トンネル効果」という用語があります。原子がまるで壁をすり抜けるように壁の向こう側に出ていく不思議な現象のことです。これと同じように、人々や知識が組織の壁を超えてつながれば、新しい日本の強さを発見できるはずです。現にQ-STARに参加する各社の技術者たちの中には、会社や立場の違いを越えて、言ってみれば勝手にトンネル効果を実践している人たちがたくさんいます。量子技術の商用化は、東芝にとって戦略上重要であると同時に、日本が再び強さを取り戻すための新産業創出を賭けた挑戦でもあります。安全かつ最適化された社会を実現するため、先頭を切ってQXを進める準備は整っています。

 

 

◉聞き手|久世和彦 ◉構成・まとめ|相澤 摂、久世和彦
◉撮影|佐藤元一