財務省データとの相違の主因

 大きな乖(かい)離が生じている最大の項目は、固定資産残高である。IMFデータでは983兆円(2020年末、固定資産と土地の合計)だが、財務省データでは土地を含む有形固定資産は277兆円(2020年3月末)、280兆円(2021年度末)と約700兆円も乖離している。巨額な乖離の原因は、日本の財務省データの固定資産は取得原価ベースで計上されており、IMFデータは何かしらの「時価ベース推計値」が使われているからであろう。

 ただし政府・公的部門が保有する固定資産は、土地でも建築物でも、株式と同じような流動性のある市場での時価は成り立たない。恐らくIMFのデータでは当該資産を再調達する場合のコストである再調達原価ベース(replacement cost basis)などを使って、かなり大胆な想定のもとに推計評価しているのだと考えられる(これは公会計論の分野であり、当該分野に詳しいわけではない筆者にはこれ以上の詳細は分からない)。

 毎年度の財政赤字が累積した日本政府のグロス負債残高の大きさとそのGDP比率の高さばかりを強調する「財務省的バイアス」に対して、このIMFデータはもっと包括的な視点で考えることを促す意味がある。

 ただし「日本の公的部門は資産超過で問題なし!」と性急に結論しない方が良いだろう。IMF自身が、当該PSBSで資産超過と表示されている場合でも、「公的債務の脆弱性が否定できるわけではない」と釘(くぎ)を刺している。この点をさらに考えてみよう。

 まず冒頭の引用新聞記事では、高市氏の指摘に対して、鈴木財務相(当時)が「道路など市場売却できない資産を多く含み『適切ではない』」と反論したと言う。この指摘が、売却できない公的資産は返済の原資になり得ないこと、言葉を変えると流動性の問題を意味したのであれば、的外れな反論だ。

 民間企業ならば、債務の返済時に債務の借り換えができず、資産の売却による流動性(マネー)の確保もできなければ破綻する。しかし現代の自国通貨建ての政府債務は、中央銀行によるマネー供給によって原理的には無尽蔵に返済可能である。

 例えば中央銀行が発行された国債を購入すれば、期限の到来した国債は償還できる。その際、中銀が政府の国債を直接引き受けるか、あるいは発行後に流通市場で購入するかは、事実上違いはない。

 では逆に、政府の国債発行が過大になる問題はないのかというと、問題は起こり得る。経済の供給力が大きく減じた場合は、マネーの供給過多によりインフレの高進、場合によってはハイパーインフレが起こる危険がある。

 実際、戦後直後の日本の超インフレは、戦災による総供給力の大幅な減退と戦時国債の返済が重なって起こった。1945年を起点に1949年までに物価は70倍になったと言われる。国債を保有する国民にとってその実質価値(購買力)は70分の1になったわけだが、政府の実質債務も70分の1になったので、政府債務問題は消滅した。典型的なインフレタックスである。

 現代の日本でも大規模な戦争や超大地震など100年に一度程度の非常時を考えれば、総供給力が大幅に減退する一方で、中銀の国債購入を伴う国債の返済(マネー供給)が、激しいインフレ高進をもたらす危険は否定できない。そうした稀(まれ)な非常時の場合も考えて政府財政は運営すべきだという意見は無視できない。