外陰部状の傷口のなかに、心臓が埋め込まれていて、その心臓の表面にさらに5つの傷が刻まれているような作例(15世紀、オックスフォード、ボドリアン図書館)もある。
大きな傷口の表現は、その色彩といい形状といい、これまでのものよりいっそうストレートで生々しい。心臓のなかで、この胸元の傷がもういちど入れ子状にくりかえされ、さらに両手と両足の円い傷跡も刻印されていて、それらのいずれからも、やはり血が滴っている。
この心臓は、キリストのものでもあれば、こうした絵を見ていた信者たちのものであるだろう。ハートは文字どおり、キリストとの愛の象徴である。その愛はもちろん、アガペーとしての愛にちがいなかろうが、こうした図像が証言しているのは、エロスとしての愛ともまた矛盾するわけではない、ということである。
キリストの傷口へのくちづけで
民衆は罪の赦しを願った
スピリチュアルなものとセクシャルなものとは、必ずしも互いに排除し合うわけではない。むしろ相性がいいとさえいえるのではないだろうか。
ウォルターズ美術館にはまた、布に刻印された傷を2人の天使がかざしている珍しい細密画(15世紀半ば)も所蔵されている。
ここでもやはり傷はまっすぐ縦に置かれ、そこからは血が滲みだしている。まるで貴重な聖遺物でもあるかのように、天使がこの布をうやうやしく掲げている。