この形状はまた同時に、キリストやマリアを囲む光輪――アーモンド型から「マンドルラ」と呼ばれる――を連想させるものでもある。聖なるものは性的なものへの連想を排除するわけではないのだ。

 とはいえ、この細密画が表わしているのは、たしかにキリストの傷口である。その証拠に、両脇には、十字架や槍や茨の冠、(両手と両足に打ち付けられた)釘や(そこに縛られて鞭打ちにされた)円柱などが描かれているのである。これらキリストを苦しめた道具の数々を並べた図像は、文字どおり「アルマ・クリスティ(キリストの受難具)」と呼ばれ、やはり同じ時期に大流行したものである。

 聖職者や修道者のみならず、平信徒もまた、こうした図像を見ることによって、キリストの受難に思いを馳せ、想像のなかで受難を追体験していたのである。ちなみに、この豪華な時祷書の発注者にして所有者とされるボンヌ・ド・リュクサンブールは、ボヘミア王の娘として生まれ、神聖ローマ皇帝を弟にもち、フランス王のもとに嫁いだやんごとなき貴婦人である。

キリストの「縦長の傷」を
これでもかと強調する画家たち

 このように性的な暗示のある傷の表現には、多彩なヴァリエーションが存在している。そのいくつかをここで見ておくことにしよう。