三四郎より教養ある女性が
東大生にはなれなかった

 しかしこの小説では三四郎と美禰子の恋愛は成就しない。いや、ふたりのあいだではほとんど何も起こらない。やがて会話をする仲になるが、美禰子が三四郎の心を十分に理解しているのかも最後まではっきりとわからないし、三四郎も自分の気持ちを明確に整理できない。

 そもそも三四郎は美禰子とはほとんどまともに喋ることができない。いつもその姿を探し、会う口実を考えているのに、実際に美禰子を前にすると、ぶっきらぼうな口しかきけない。自分の思っていることが言えない。

 きれいな絵葉書をもらっても返事を書けないし、キャンパスから離れたところでふたりきりになるチャンスがあっても、気持ちをうまく表現することがまったくできない。

 美禰子はウィットに富んでいて、英語もできるし、絵画の造詣もある。三四郎よりはるかに教養がある人物である。けれども当時の東大は男性以外の入学は許されないから彼女は東大生にはなれない。美禰子は兄が東大の卒業生で、その友人の野々宮宗八が東大の研究者をしているからキャンパスによく出入りしているものの、彼女自身は大学の部外者である。