三四郎が毎日考えるのは
美しい女性のことばかり
美禰子とはキャンパスの中央にある池のほとりで初めて出会った。
不図眼を上げると、左手の岡の上に女が2人立っている。女のすぐ下が池で、池の向う側が高い崖の木立で、その後が派手な赤煉瓦のゴシック風の建築である。
そうして落ちかかった日が、凡ての向うから横に光を透してくる。女はこの夕日に向いて立っていた。三四郎のしゃがんでいる低い陰から見ると岡の上は大変明るい。
女の1人はまぼしいと見えて、団扇を額の所に翳している。顔はよく分らない。けれども着物の色、帯の色は鮮かに分った。白い足袋の色も眼についた。鼻緒の色はとにかく草履を穿いている事も分った。
もう1人は真白(編集部注/東大病院の看護師)である。これは団扇も何も持っていない。只額に少し皺を寄せて、むこうぎしから生い被さりそうに、高く池の面に枝を伸した古木の奥を眺めていた。団扇を持った女は少し前へ出ている。白い方は一歩土堤の縁から退がっている。三四郎が見ると、2人の姿が筋違に見える(注1)。
男の大学であるはずのキャンパスに現れた着物姿の女性が美禰子で、その後、彼女は三四郎のそばまでやってくる。それを見た三四郎は心を奪われてしまう。以降、美禰子のことを毎日のように考えている。
注1 夏目漱石『三四郎』新潮文庫、1948年(2011年改版)、32〜33頁