よって、憲法のこの規定を適用すれば、合法的にトランプ氏の当選は無効にできます。しかし、トランプ氏とそれを支持する国民が黙っているはずはありません。いや、その時点では大統領はまだトランプ氏ではないので、現職の大統領と次期大統領として選挙で選ばれた大統領のどちらの指示に軍や警察が従うかという、深刻な問題もはらんでいます。
私は米国民に、もう一度国の成り立ちと理想について深く考え直してもらうことを提案します。星条旗の50の星は州の数を意味しますが、そのうち3つの州が、すでにトランプ氏に反逆者という判断をくだしています。米国民が愛する行進曲『星条旗よ永遠なれ』には、こんな歌詞があります。
「独裁者共よ、忘れるな あの日、我らが祖先が力を尽くし 恐怖に立ち向かいつつ、高らかに宣言せしは 力と正義によって、この旗は永久にはためくと」
米国民だけが豊かとなり、他国に関心を持たず、独裁者の無謀を許す――。それが「アメリカ・ファースト」であり「自分たちが偉大な国の証明」であるなら、米国は国際社会でその存立意義を失い、過去の悪行を各国から厳しく非難されるでしょう。
大統領選後に起きうるこのような混乱は、あくまでもシナリオとして考えられているもので、現状はハリス氏の平和的政権移譲の発言で立ち消えました。民主党はトランプ氏とは違うということを、きちんと示したかったのでしょう。
しかし今後、連邦議会襲撃事件で逮捕・起訴されたメンバーが恩赦を受けたり、トランプ氏を起訴した検事がクビになったりしても、「とにかくトランプだけには勝たせたくない」と思っていた有権者は黙っているでしょうか。トランプ氏が大統領になったことで、どのみちアメリカの分断状況は続きます。そのうえ、上下院とも共和党が多数派になったので、トランプ氏の独裁は相当程度可能になり、「トランプ嫌い」の気持ちをますます煽り立たせるでしょう。
映画『シビル・ウォー』が現実に?
米国の大分断時代が再来か
現在公開中の映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、実は淡々と内戦の様子を描写するだけで、共和党と民主党の対決といった政治的背景には一切触れていません。しかし、西部諸州連合(カリフォルニアなど、民主党支持者が多い)が権威的な大統領に反旗を翻すというストーリーです。
それだけに、「もはや米国の分断は南北戦争前夜に近い」という実感を抱き、私は背筋が寒くなりました。
(元週刊文春・月刊文藝春秋編集長 木俣正剛)