時間の浪費は最近新しく出てきた問題ではありません。2000年近く昔にセネカはこう書いています。

「あなたはひとりでも知っているだろうか?自分の時間に価値を見出し、1日の重みを分かっており、毎日自分が死に向かっていることを認識している人を。実際のところ、死がこの先に待っているというのは間違った考えだ。死の多くはすでに我々のそばを通り過ぎている。我々の過去は死の手のうちにあるのだ」

 人生において、お金は出たり入ったりしますが、時間は常に減り続けていきます。

 時間をさらに借りたり作り出したりはできません。今ある分がすべてであり、どんどん減るばかりで決して積み重なりません。それが本当に認識できたら、自分の生活の整え方が変わります。

時代の変化と共に「自分の時間」を
取り戻すチャンスは増えている

 自分の時間が最も貴重であると理解すれば、有意義でない会議を詰め込んだりしなくなるでしょうし、晴れている土曜日に二日酔いを抱えてベッドで過ごしたりしたいと思わなくなるでしょうし、一緒にいて楽しくない人たちと週末どこかに出かけたりしなくなるでしょう。私たちは時間が無限に供給されると考えて無駄遣いしています。心のどこかで、自分は永遠に生きるのだと思い違いをしているのです。