カリカリに揚げた白身魚のフライに、ザク切りのポテトフライを添えてアツアツの状態でかじりつく……イギリスを代表する国民食と言えば『フィッシュ&チップス』だ。かつては大英帝国を支える労働者階級が食べる“クサい飯”だったこの料理が、いかにしてイギリスを代表するソウルフードになったのか?※本稿は、コモナーズ・キッチン『舌の上の階級闘争「イギリス」を料理する』(リトル・モア)の一部を抜粋・編集したものです。
イギリス労働者階級のソウルフード
『フィッシュ&チップス』とは
称えられるにせよ、けなされるにせよ、「イギリス料理」を代表する1品として話題にされることの多いフィッシュ&チップスであるが、イギリスの歴史家パニコス・パナイーの『フィッシュ・アンド・チップスの歴史-英国の食と移民』を読めば、その料理にはたった100年かそこらの歴史しかないこと、そしてそれが「イギリス料理」を代表するものになったのは、驚くほど最近のことであることがわかる。
パナイーによれば、それまで別々に提供されていた「フィッシュ」と「チップス」が1つの皿に盛られて売られるようになったのは19世紀後半であるという。元をたどれば、魚を衣揚げにするという食文化はユダヤ人によって、ジャガイモを拍子切りにして揚げるという調理法は(おそらく)フランスからの移民によって、イギリス諸島に持ち込まれた。フィッシュ&チップスを売る店の多くも、当初はユダヤ人、戦後になってからはイタリア、キプロス、ギリシャ、中国などからの移民たちが経営していたそうだ。
労働者が食べるクサイ飯が
イギリス人の国民食になるまで
その誕生から第二次世界大戦直後ぐらいまで、フィッシュ&チップスは、下町に住む貧しい労働者階級の人たちが食べる、安くて手軽で、高カロリーゆえに腹持ちはいいが、臭いがきつく、不衛生な食べ物とされていた。「されていた」と言ったのは、実際フィッシュ&チップスでお腹を満たしていた人たちはそんなふうに考えちゃいなかったからだ。
バラの咲き誇る庭園で、ウェッジウッドのポットで淹れた紅茶を優雅にたしなむような人たちが(というのはイメージであるが)、そう考えたということであって、そうした紳士淑女の方々にしてみれば鼻をつまみ、目を背けたくなるような代物だったわけだ。自分たちとは異なる暮らしぶりをしている人たち、異なる価値観や信仰を持つ人たち。階級蔑視、宗教的偏見、民族差別、と熟語にすればおどろおどろしいけれど、フィッシュ&チップスはそうした人間の闇を映し出す料理でもあった。