大小の会(編集部注/絵暦を交換する会)は通意識の産物である。趣味を同じくする選ばれた仲間との集まりは、他との差異を際立たせて優越感を得られるものである。会に参加することはかっこいいことであり、会に参加していることをもって自分の通を確認できる仕組みである。戯作も、もともとは同好の顔の知れた人間同士の楽しみであった。もとより、本来的な武士としての生き方から外れた人格を虚構して戯れに作ったもの、原稿料などという野暮な発想はなく、大小の会同様趣味の世界である。

 見栄を張って制作費を負担して小冊を懇意な本屋を通じて仕立ててもらい、仲間に配って悦に入るのである。注文の冊数分を制作してしまえば、版木は本屋なり摺物所(趣味の世界の印刷・製本所)に残る。版木を持っている本屋などに引き合いがあれば、これをもって増刷して、その多くは貸本屋に流れていくのである。

 この機知的な笑いをもっぱらとして通意識をくすぐる新しい文芸は、町の読者も当然獲得する。そして、大小の会がそうであったように、同好の輪は身分を超えて町の人間にまで及んでいくのであった。

武士から町人に広がった
一流の戯作『娼妃地理記』

 安永6年(1777)、朋誠堂喜三二(1735~1813)の関わった本を複数蔦重は出版する。まず『娼妃地理記(しょうひちりき)』である。これは『一目千本』『急戯花の名寄』に次ぐ遊女評判記的な作品である。ただし、前の2作とは大いに異なって、地誌のパロディ、一流の戯作となっている。吉原各町を国、遊女屋を郡、遊女を名所旧蹟になぞらえて評判記としたもので、うがちに富んだ内容となっている。

 喜三二はこの安永6年に鱗形屋孫兵衛から6点の黄表紙(編集部注/戯作の草双紙の一種、大人向けの知的でナンセンスな笑いが特徴)を出版する。『親敵討腹鞁(おやのかたきうてやはらつづみ)』『女嫌変豆男(おんなぎらいへんなまめおとこ)』『珍献立曽我(めずらしいこんだてそが)』『何陀羅法師柿種(なんだらほうしのかきのたね)』『鼻峰高慢男(はなのみねこうまんおとこ)』『桃太郎後日噺(ももたろうごにちばなし)』で、いずれも恋川春町が絵を担当している。