「戦略なき戦略」という結果論を
仕組みに変えていく

勝沼 そのようなプロジェクトを通じて「感動創造企業」の実態をつくっていく。そこにデザインの力が使われているということですね。現在、ヤマハ発動機にはCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)に当たるポジションはあるのでしょうか。

木下 CDOのポジションはありません。勝沼さんがNECで担われているような仕事の多くは、クリエイティブ本部という組織で進めています。

社員の個人的な「こうしたい」を、会社全体の創造性につなげるデザインの可能性――ヤマハ発動機 執行役員・クリエイティブ本部長木下拓也氏インタビューTAKUYA KINOSHITA
1967年福岡県生まれ。90年九州大学工学部を卒業後、ヤマハ発動機入社。モーターサイクル(MC)事業本部にてさまざまな役職を経て、2018年1月に同事業本部長に就任。同年3月執行役員。2021年3月上席執行役員。2022年1月にクリエイティブ本部長に就任し、製品・イノベーションに関わるデザインおよび企業ブランディングを統括する。
Photo by YUMIKO ASAKURA

勝沼 となると、経営サイドがトップダウンでデザインを活用しているのではなく、トータルなデザイン活動を担うクリエイティブ本部がボトムアップで経営や事業を支援しているということですね。

木下 おっしゃる通りです。私は、われわれのこれまでの歴史は「戦略なき戦略」によってつくられてきたと思っています。ヤマハ発動機は世界180を超える国・地域でビジネスを展開していますが、それは目指したからそうなったということではなく、全ては結果論だったと私は考えています。

 現場のメンバーが「こんなことをやりたい」と言う。あるいは「こんな課題があるから解決しなければならない」と提起する。それに対して会社が「なるほど、では君がそれをやりなさい」と反応する。現場の自主性を尊重し、現場主導で物事に当たらせる。その積み重ねでビジネスを成長させていく──。それが「戦略なき戦略」です。デザインの活用にも、その思想が行き渡っています。

勝沼 クリエイティブ本部の機能の一つに「イノベーションデザイン」があるというお話がありました。デザインとイノベーションの関係はどう捉えていらっしゃいますか。

木下 イノベーションもまた結果論である、と私は考えています。イノベーションとは人々や世界に大きなインパクトを与え、人々の意識や行動を変容させる技術や仕組みのことです。しかし、初めからイノベーションを生み出すことを目指し、そこに一足飛びで到達することは不可能です。クリエイティブ、テクノロジー、デザインの各プロセスの取り組みがあった後に、結果的に生まれるもの。それがイノベーションであるというのが私の考えです。

 クリエイティブの役割は新しい企画やアイデアを生み出すことであり、平易な言葉で言えば、「とにかくいろいろやってみる」ことです。いろいろな新しいことにチャレンジし、失敗を繰り返しながら、その中で芽が出そうなものを見つけていくのがクリエイティブです。発想やアイデアの質ももちろん大切ですが、それ以上に量が求められるのがクリエイティブだと考えます。

 一方、テクノロジーの役割は、クリエイティブの取り組みの中で見つかった「成功の種」をエンジニアリングの力によって育て、具体的な形にしていくことです。そして、その形のクオリティーを上げて、多くの人に「使いたい」「買いたい」「乗ってみたい」と感じさせるモチベーションを創出していくことがここで言うデザインの役割です。「クリエイティブ」と「デザイン」は役割が曖昧なまま使われる言葉ですが、ヤマハ発動機の場合は、役割の形がはっきりしていますね。