勝‘s Insight:デザイン経営を実現する最適なルートは
自社の文化、歴史、事業特性にヒントを見いだす

 木下さんとの対話で、企業活動全体にデザインを活用する体制づくりには多様な方法論があると改めて感じた。

 ヤマハ発動機の方法論をひと言で言えば、「ボトムアップ」ということになる。クリエイティブ本部というデザイン部門が、各現場とのリレーションをつくりながら、デザインの可能性やその活用方法への理解を深め、その次の段階として経営にアプローチしていく。これは同社の企業文化にしっかりと根差した方法論である。

 木下さんは、ヤマハ発動機のビジネスは「現場の自主性を尊重し、現場主導で物事に当たらせる」ことによって成長してきたと言っている。やりたいことがある人が、それを自ら実行し、成果を上げていく。それがヤマハ発動機の文化であり、それを木下さんは「戦略なき戦略」と表現する。デザインの力を全社的に発揮させていくためには、長年培ってきたそのボトムアップの文化を大切にすることこそが最良の方法であると木下さんは判断したわけだ。

 もちろん、そのような方法論が全ての企業にとって最適とはいえないだろう。企業によっては、経営層がイニシアチブを取ってデザインの力を全社に広げていく方法が効果的な場合もあるはずである。

 重要なのは、自社の文化、あるいは歴史、特性、ビジネスモデルといったものを踏まえて、自社に最も適した方法を見極めていくことである。その見極め方を誤ると、デザインの力を企業価値に最大限につなげることは難しくなると私は思う。そしてその「見極め」こそが、CDOのポジションに就く人の最初の大きな仕事になると思う。ヤマハ発動機に現在はCDOの役職はないが、クリエイティブ本部のトップである木下さんがその役割を果たしている。

 ヤマハ発動機の取り組みは、まだこれからだと木下さんは語る。しかし、デザインの力を全社的に活用する「一歩目」をなかなか踏み出せないでいる企業にとって大いに参考なるのではないだろうか。まずは、自社の文化を定義し、言語化すること。そこからデザイン経営への道が開けるはずだ。

(第7回に続く)

社員の個人的な「こうしたい」を、会社全体の創造性につなげるデザインの可能性――ヤマハ発動機 執行役員・クリエイティブ本部長木下拓也氏インタビューPhoto by YUMIKO ASAKURA