小麦が栽培されはじめた当初、ライ麦は「雑草」だった。誰にも招かれていないのに収穫物のなかで大きな顔をしている伸び放題の草。ひとりでに種子が落ちてしまう小さな穂は人間の気を引くものではなかった。しかし、小麦を収穫するとき、人間はいつだってうっかりライ麦の茎を数本摘んでしまう。

 そこで、穀物から小さくて苦いライ麦の粒を取り除くために、ふるいにかけて選別しようとした。だがそれでも、大きめのライ麦の粒が人間の目をかいくぐった。小麦とまちがえられて穀物倉に入れられてしまうのだ。紛れこんだライ麦は、翌年、小麦の種蒔きの際にまた植えられた。こうして芽を出したライ麦は、今度は大きな粒を実らせ、次の収穫の際に小麦に紛れこむ確率をさらに高めていった。

 ライ麦は進化し、人間に知らず知らずのうちに選別させることで、小麦にますます似ていった。この選別によって穂はだんだんと大きくなり、やがて人間に確実に摘みとられるのだから、穀粒は苦労して穂から落ちなくてよくなった。ライ麦はうまく飼いならされたのだ。すると、ライ麦はおいしくて寒さにも強いと気がつく人間も出てきた。こうして、ライ麦自体の栽培が始まった。北欧では、ライ麦が小麦から覇権を奪ったほどだ。

小麦畑という特別な環境に
居場所を見つけた雑草たち

 今日、ライ麦は南極大陸を除くすべての大陸で栽培されているが、野草であったというそのルーツを忘れることはない。1980年代後半に米国でライ麦が廃れ、生産をやめる人が出てくると、ライ麦は再び小麦畑に密かに身を隠すようになった。3000年前と同じように、脆い穀粒をつけるだけの小さな穂に戻り、再び人間の手を借りずに自ら種を落とすようになったのだ。

 ライ麦は、栽培されるに至った進化の過程を逆転させ、いにしえの遺伝子を再び活性化させた。進化の流れを逆にたどり、再び雑草となった。人間が好むと好まざるとにかかわらず、この狡猾な植物はつねに自分の居場所を確保できる。