チーズフォンデュ写真はイメージです Photo:PIXTA

食事中に、ハエがたかってきたら、多くの人は必死に振り払う。だがミルクの入ったバケツにハエが落ちることがなかったら、チーズはこの世に存在しなかった。我々の食材は、昆虫たちと人類の不思議な巡り合わせでできている。※本稿は、ビル・フランソワ著、河合隼雄訳、山本知子訳『ライ麦はもともと小麦に間違えられた雑草だった 食材と人類のウィンウィンな関係』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。

ご馳走のミルクに
ハエが落ちて溺れた

 チーズを発明したハエは、本当は何も発明なんかしたくなかっただろう。キッチンでぶんぶん言っているだけのただのショウジョウバエにすぎなかったこのハエは、その日バケツの縁に止まったときにも、おいしい食事にありつくこと以外は何も考えていなかったにちがいない。この種に特有の礼儀正しいやりかたで、そのハエは食事の前に長時間、足をこすり合わせた。ハエがなぜ食べ物を前にして必ず足をこすり合わせるかはわからないが、少なくともこの仕草は食欲旺盛だという印象を与える。

 そのハエにとって不運だったのは、食事を終わらせられなかったことだ。ミルクの中に落ちて溺れてしまったのだ。このハエの犠牲が、多くの人に愛されつづけ、さらに多くのハエにも愛されてきたチーズを生み出した。聖書にでも出てきそうな話だが、科学によってそれは実際に起こった事実であると証明されている。

 ハエに乗って旅していたのは酵母菌で、クルイウェロミセス・ラクティス(Kluyve-romyces lactis)――変わった名前だが、誰も自分の名を選ぶことはできない――という微生物だった。この微生物は昔からショウジョウバエと共生していた。

 人類と出会い、私たちの食卓でごちそうを食べる「イエバエ」になる以前、ショウジョウバエはアフリカ南部の森林でマンゴーに似たマルラという果実を食べていた。マルラが地面に落ちると、酵母菌クルイウェロミセス・ラクティスがすみつき、マルラを発酵させる。するとマルラは甘くなり、ほのかにアルコールを含むようになる。マルラはハエにとってはごちそうだ。というのも、ハエは病気と闘うためにたえずエタノールを摂取する、いわば羽の生えた酔っぱらいである。