「さすがベテランの村重さん、話が早い」

「そうですねえ…他に誰もいないなら泊まりますけど、あんまり気が進まないですね」

「申し訳ない。何とかそこをお願いできないかな」

「はいはい。泊まる準備をしてくればいいんですね」

 当選確実だ。次に、現金周りの管理を担当する「出納元締」の山城さんに聞く。

「絶対イヤです。何でプライベートまで命令されなくちゃいけないんですか!」

「いや、無理ならいいんだ。嫌なことを言って申し訳なかった。ごめん」

 ダメか…出納元締担当に断られ、旗色が悪くなった。交渉は上手くいって当たり前。失敗すると「お前の普段からのコミュニケーションが足りないからだ」と罵声を浴びることになる。本音を言えば、やってられない仕事だ。

 昔は、上司から「おい、前の晩泊まるぞ」と言われれば従うのが当たり前。だが、令和の世ではそうはいかない。中間管理職が裏で根回しに奔走していることを、支店長は知らない。

「起きてるだろ?俺の部屋に今すぐ来い」
支店長に呼ばれて駆け付けると…

 銀行の「あるある話」だが、ターミナル駅など多くの銀行が林立するエリアだと、ビジネスホテルの部屋を確保するのも一苦労だ。台風や大雪といった歩行困難時でも辿りつける宿は限られている。早く決断し、部屋を押さえた方がいい。

 2018年1月のある日。その日は午後2時頃から降り続いた大雪で、首都圏の交通が麻痺。現在のような鉄道各社による計画運休の事前告知がなかった頃であり、前の週から銀行間での駆け引きが繰り広げられていた。私の支店は近隣のビジネスホテルを7部屋確保していたため、この日の夜から宿泊し、翌日の開店に備えることができていた。

 午後11時。風呂に入りベッドに寝そべっていると、支店長からの電話が鳴った。

「目黒、起きてるだろ?俺の部屋は…702号室。今すぐ来いよ」