寺名にある「蟹」にまつわる仏教説話

ふっくらとしたお顔、細い眉、逆三角形のがっちりとした体、厚い胸板……黒光りして威厳に満ちたお姿。お釈迦様は悟りを開かれたお方なので、俗世間の煩悩とは無縁。華美な装飾は身に着けず、極めてシンプルな衣装をまとっておられるのが特徴です。
こちらのお釈迦様もまたしかり。ヘアスタイルもいたってシンプルです。指の間に見られる水かきのようなものは縵網相(まんもうそう)といって、お釈迦様に特徴的なもの。生きるとし生けるものを等しく悟りの世界へ救い出してくださるという意味を持っています。
お待たせいたしました。『今昔物語集』などいくつかの古書につづられた仏教説話で、寺名にもある「蟹」のお話を。
――昔々、観音様に深く帰依する夫婦とその娘がおりました。娘はあるとき、村人が捕まえて食べようとしていた蟹を、持っていた魚の干物と交換して逃してやりました。別の日、蛇が蛙を飲み込もうとしていた場面に出くわした父親は、蛙を助けたい一心で、「蛙を放したら娘を嫁にやろう」と約束してしまいました。
後日、娘を嫁に迎えるべくやってきた蛇は、約束をほごにされ、大蛇となって怒り狂います。恐怖のあまり家の中に隠れた親娘は、ひたすら観音経を唱えました。夜が明けて静かになった外の様子を見ると、倒れた大蛇の周りに満ち満ちた蟹たちが息絶えていたのです――。
なんとも壮絶なお話です。蟹と蛇を弔うためにお堂を建て、観音様をまつったことがこちらのお寺の起源となり、その名の由来となりました。ご本尊のお釈迦様に向かって右側に、寺の縁起を伝える観音様もまつられています。ところで、救われた蛙はどこにいったのでしょう(笑)。