書影『「伝える」極意 思いを言葉にする30の方法』『「伝える」極意 思いを言葉にする30の方法』(SBクリエイティブ)
草野 仁 著

 そこで日ごろから、メンバーが普段はどんな様子でいるのか、そしてどんな人間性の持ち主なのか、これまで人に対してどんな対応をしてきたのかをよく見ておいて、相手に合わせた対応をしなければいけません。

 素直に聞いてくれる相手だと判断したら、形式にこだわらず、

「今日はこのことについて、君の考えを聞きたいのだけれど」という入り方でよいでしょう。

 いっぽう、言われたことに何か一言返したい、自分は人とは違うと反発心をのぞかせておきたいタイプには、

「先週は忙しそうだったけれど、もうヤマは越えたみたいだね」など、本題とは離れた柔らかい話題から入って、反応を見ながら本題に近づいていくのがいちばんでしょう。

理想の上司像だった
元アナウンサーの羽佐間正雄氏

 私が出会った上司の中で、とりわけよい指導をしてくださったと思っているのは、スポーツアナウンサー時代の師匠でもある、元NHKアナウンサーの羽佐間正雄さんです。

 羽佐間さんは1954年に入局され、1964年の東京オリンピック中継実況をはじめ、夏冬合計11回の五輪実況を担当されました。

 また、春夏の甲子園での高校野球やゴルフの全米オープンなど、大型スポーツ中継に長く携わった名アナウンサーです。

 羽佐間さんは、私が入局3年目に鹿児島から福岡に異動したとき、東京から管理職として昇進して来られました。私は羽佐間さんの放送を聞いて、この方のような放送ができるようになりたいと、ひそかに目標にしていました。

 その方が直接の上司としてやってきて、「草野君、僕は君を育てるために東京から来たんだぞ」とおっしゃったのです。

 最高の殺し文句に感激すると同時に、「もし自分が期待に反して成長できなければ、大アナウンサーの羽佐間さんの名声まで傷つけてしまうことになる。これはよほどがんばらなくては」と、一層奮い立ちました。

 その後3年間ご一緒して、本当によい指導をたくさんいただきました。

 羽佐間さんは、「今日の放送はここがよくなかった」「ここは悪かった」といった、評価や批評の言葉を使わないことが特徴でした。

 終わったことを後から落とすのではなく、

「今日の放送を聞いていたんだけれど、あの部分でこういうふうに言ったらどうだっただろう」とか、

「君がこういう視点をもって臨んでいたことは、方向性としてはとてもいいと思うよ」と、次に目指すべき方向性や目標を常に示してくださっていたのです。

 これこそ、上司の理想の指導だなと思います。

ひとしの金言
相手に合わせて伝え方を変えていく