山一の最善の選択は
日銀特融による救済だった
最後に、日銀特融による山一救済である。全債務を保護し、速やかに債務を弁済する方法は、日銀特融しかない。これは市場、金融システムへの負の影響が最も小さい、すなわち金融危機の発生を抑止する最良の対応策である。また、山一證券は存続するので特融、ロスは先々返済してもらうことが期待できる(1964年の山一特融は1969年に完済)というメリットもある。
そもそも、大蔵省は日銀特融による救済案を期待していた。日銀は特融発動を結局は機関決定し、実行した。もちろん、世の中から、救済はモラルハザードを招くとの批判を受けることはあり得る。
しかし、バーナンキFRB(米連邦準備制度理事会)元議長はリーマン・ショックの際の経験について、次のように語っている。
「FRBが危機に気づき、その深刻さを推し量るのには、時間がかかった。インフレ率の上昇や金融市場でのモラルハザードに拍車をかけることなど、危機への対応が惹起しかねないさまざまなリスクを検討し、それらを回避する必要があったからだ」「しかし、一連の事態が明確になるにつれ、危機の解明や対策に役立ったのが、私たちが蓄積していた過去の金融恐慌の知識だった」(ベン・バーナンキ『危機と決断』)

以上を総合すると、最もよい選択は、山一證券を破綻させず、日銀特融による救済であったと思う。
山一證券の破綻は非常に重い。反省すべき点は多々あるが、何よりこれは、日本に金融危機をもたらしたという事実を忘れてはならない。
金融システムを守り、金融危機を避けるため「巨大金融機関は潰さない、ツービッグ・ツーフェイル(Too Big To Fail)」の原則を金融当局は確立しておく必要がある。