音声データの要約から分析へ
将来的には外販の可能性も

 では、JWCRとELYZAが共同開発した生成AIは実際にどう動いているのか。個人情報を取り扱うため、通常は外部の立ち入りを制限している「尼崎コンタクトセンター」へ特別に入らせてもらった。

 さっそく電話対応の様子を見せてもらうと、管理画面に通話内容がリアルタイムで文字化されていた。これまで管理者は特定のオペレーターの通話内容をモニターすることしかできなかったが、Ami Voiceの音声認識で全オペレーターの通話を、それまで何を話していたかを含めて即時に把握することが可能だ。

 ただ、音声認識は入り口に過ぎない。文字化された通話内容を生成AIにコピーすると、通話時間8分、5000文字程度の内容が10秒程度で300文字に要約される。当初は14分以上の要約はできないという制約があったが、GPT-4.0導入で長時間の通話にも対応できるようになった。ちなみに3.5と4.0で利用料金が違うため、必要に応じて使い分けることでコストを抑えているそうだ。

 要約データには、「○○について」といった主題、問い合わせの分類を示す「カテゴリー」、どこの路線、どこの駅かに加え、「券売機」「指定席」など、通話内容から抽出したタグが自動で付与される。これを集計することで、問い合わせの傾向を客観的かつ即座に分析し、ダッシュボードとして共有できる。

 メール要約では近々、英語の問い合わせに対応する予定だ。英文の要約も同じAIが対応しているが、面白いのはその経緯だ。JR西日本はグローバルサイトに英語専用問い合わせフォームを設けているが、日本語フォームに英文のメールが来ることがあるそうだ。AIは期せずして英文メールも要約し、その内容に問題がなかったのだという。AIは想像以上に賢く育っていたのだ。今後は英語以外の言語への対応を検討している。

 前述のように筆者もこうしたVoCの集計と分析を行っていたが、膨大な(といってもJWCRの3分の1だが)問い合わせデータの取り扱いには苦慮していた。結局、JWCRと同じく全体の一部である「ご意見・ご要望」の集計・分析が中心で、その他の問い合わせは参考程度にしか扱えなかったが、本来であれば顧客のニーズを把握する貴重な資源だった。それがこれほどまでに鮮やかに集計できるとは、まるで浦島太郎の気分であった。

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 岩崎氏は「次の段階は分析」と語る。Open AIはリサーチ・分析を自動で行うAIエージェント「Deep Research」をリリースするなど、生成AIはさらに一歩進みつつある。JWCRも今後、要約データが積みあがっていけば、集計結果を共有するだけでなく、要約データを分析してサービス改善に活かしていきたいという。

 もうひとつ期待を込めていたのは、ELYZAと共同で生成AIを外販する可能性だ。

「鉄道会社は多分、似たようなところで苦労されていると思いますので、そのまま使っていただけるんじゃないかと。手をかけずにそのまま使っていただいた方がノウハウを渡しやすいですし、皆さんの仕事が効率化できるんだったら、それに越したことはないかな(岩崎氏)」

 AI時代の到来と言われて久しいが、5年前に現在の生成AI技術を予想していた人は少ないだろう。ましてや5年後の姿など想像もできないが、ひとつだけ言えるのは、技術の進歩に一足飛びには追い付けないということだ。その意味で、JR西日本は未来に向けた着実な一歩を歩んでいるのだ。大手鉄道事業者のCS担当者は一度、JWCRを訪問してみてはいかがだろうか。