内定取り消しを知った
支店長の第一声は?

「目黒課長、お忙しいところすみません。あの…実は、あの…」

 どうも歯切れが悪い。ひと月前は爽やかな受け答えが印象的だったのに、まるで違っている。

「熱海はどうだった?親孝行、たくさんできたかい?」

 緊張しているのだろうと思い、助け舟を出してあげると、

「あ、あの、実は卒業できなくて、あの…内定が取り消しになりました」

 近年では、3年次からインターンシップなどで志望企業を訪問する。会社の良いところ、悪いところを目の当たりにすることで、入社後のギャップをなくすという考え方だそうだが、結局のところ大企業による優秀な学生の青田買いになっている。

 大学3年時での内定率は5割に迫る勢いと聞く。ただし、この時点で卒業できるかどうかは不明である。彼の場合、卒論の成績が悪く、救済措置もなく、卒業単位が足りなくなったそうだ。

「残念だけど、頑張れよ。これで終わったわけじゃないからさ」

「色々とお手を煩わせて申し訳ありませんでした」

 電話口でも震えているのが分かった。人事部だけではなく、配属店にまで電話してくるあたり、かなり真面目な性格なのだろう。すぐに支店長へ報告する。

「それがどうした?仕事がひとつ減ってよかったじゃないか」

 これが第一声だった。企業にとって新人を一人前に育てることは重要なミッションだが、何をしでかすか分からない若者は、存在自体がリスクそのものと言っても過言ではない。

 社会人が身につける一般常識は、一朝一夕では得られない。それをひとつひとつ先輩や上司が我慢しながら教えていくのが現場であるが、それすらやらないことが当たり前になっている支店もある。

 だが、私は新人教育が好きだ。大量採用時代に入行し、先輩たちの背中を見て仕事を覚えるしかなかった世代であり、苦労したことしか記憶にない。だからこそ、星の数ほどある銀行の中からあえてM銀行を選んで入行した新人に、同じ思いをさせたくない。

 私が新入行員の頃、来店客から住宅ローンの申し込みをしたいと尋ねられたものの、先輩行員は「忙しい」と何も教えてくれなかった。何度も書類を書き直してもらい迷惑をかけたはずだが、その家族から夕食に招かれ、一緒に記念写真まで撮ってもらえた思い出がある。その一切は拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』に記してある。

 入行前にもかかわらず、やってみたいことがあり、しっかりとビジョンを持っている若者を、微力ながら応援したい。自分が新入行員の頃にそんな夢を持っていただろうか。恥ずかしくなってしまう。