「お久しぶりです!」
3年後に見た山下君の姿
それまで細心の注意を払って大事そうにポスター作りを行っていた彼女たちは、表情ひとつ変えずにバリバリと模造紙を破り、シュレッダーにかけた。個人情報が含まれているので、シュレッダーにかけるのは当たり前ではある。
粉砕する音がいつもより大きく聞こえる。ひとりの若者の門出を祝おうと楽しんでいたように見えたが、やらされ仕事だったことが分かり、何とも言えない気持ちになった。
「いらっしゃいませ、おはようございます!」
それから数年が経ち、コロナ禍が明けた5月の朝。私はみなとみらい支店の前で、開店前のルーティーンである朝の挨拶をしていた。通勤に急ぐ人々の中で、誰一人として振り向く人はいない。だが、その朝は違った。
「おはようございます。お久しぶりです!」
振り向くと、紺色の背広を着た若者である。戸惑っていると、笑顔で続けた。
「山下です。3年前、御行の内定取り消しでご迷惑をおかけしました。覚えていらっしゃいますか?まだこちらの支店にいらしたんですね」
記憶がつながった。一度しか会わなかったが、すっかり背広姿が似合う青年になっていた。
「おお、山下君?あの時の山下君だね?覚えてるよ!横浜で働いてるのかい?」
「いや、いつもは川崎なんですが、こちらに担当を持っていてちょくちょく来るんです。御行にはご迷惑をおかけしましたが、翌年卒業してJ信金に入庫できました。今は全信連の関連会社にトレーニーで出向させてもらってます。M&Aのコンサル見習いですね」
一年足踏みしたが、その姿は堂々としていた。あの時無事に卒業していたとしても、M銀行で志望業務に就ける保証はなかった。
「じゃあ、夢が叶ったわけだ」
「覚えていてくれたんですね。いやあ、まだまだ雑用係ですよ。でもやりたいことをやらせてもらえて、自分でも恵まれていると思います。すいません、約束の時間に遅れそうで…」

目黒冬弥 著
「あ、ごめんごめん。引き留めてしまったね。頑張ってな!」
「ありがとうございます。目黒さんも!」
翌朝から、挨拶の度に目を追うようになった。卒業式の時期は、ことさら思い出す。桜の花びらを掃き掃除しながら、再び山下君が通らないか探してしまうのだ。
この銀行に勤め、四半世紀が過ぎた。さまざまな季節が巡り、悲喜こもごもあった。私は今日もこの銀行に感謝しながら、日々の業務を遂行している。
(現役行員 目黒冬弥)