小説・昭和の女帝#41Illustration by MIHO YASURAOKA

【前回までのあらすじ】1984年の師走、「昭和の女帝」真木レイ子の母が泉下に没した。喪に服すレイ子を弟分の政治家、藤本久人が訪ね、政界再編の野望を語る。「時代遅れの加山派を潰す」「政権交代可能な野党をつくる」ことが自分の使命だという藤本を、レイ子は全力で応援することを約束し、行動に出た。(『小説・昭和の女帝』#41)

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レイ子は政界再編を仕掛けるための軍資金をつくれるのか

 レイ子は、弟分の衆院議員、藤本久人が加山鋭達に反旗を翻す決意を語ったとき、「あなたのやりたいことを全力で応援する」と大見えを切った。自民党の源流である日本自由党の結党資金を用立てた真木甚八の娘として政界を渡り歩いてきた自分が、父ほどではないにせよ、政界に爪痕を残すならば、それはいまだと思ったのだった。

 しかし、実際のところ、彼女には先立つものがなかった。藤本の計画を実現させるには、新しい派閥を支えるだけのカネが必要だった。派閥を維持するのが並大抵のことではないことは、彼女自身が一番よく分かっていた。

 パーティー券を売る、政治献金を募るといっても、できたばかりの派閥には簡単なことではない。企業や団体は、加山が倒れたとはいえ、復権してくる可能性を捨てきれず、様子見を決め込んでいるはずだった。

 彼女は、いよいよ最後の手段を取る時かと覚悟を決めた。

 甚八の遺書の中には、彼女のためだけに書かれたものがあった。そこには、「他の遺族には内密にする3億円で当面、活動するように。カネに困ったときは、この遺書を持って宗田広太郎を訪ねるように。そこで彼が持っている私からの手紙を、宗田立ち会いの下で開封するように」と書かれていた。

 宗田は、戦時中、鬼頭紘太の右腕だった男で、甚八の隠し子ではないかと噂されていた。戦後は旧鬼頭機関の男たちを使って赤坂のナイトクラブなどを経営していた。当然、鬼頭とも昵懇の間柄だった。それもあって、レイ子は「最後の手段」の行使には長年、慎重だった。

 レイ子は意を決して宗田に会うことにした。

 思い立ったが吉日、自分のためだけに書かれた秘密の遺書を持って、早速日本橋にある宗田の事務所を訪れた。

 遺書は、甚八が死に際に、ホームドクター兼顧問弁護士だった藤本の父に口述筆記させたものだった。毛筆書きの文章は決して読みやすくはなかったが、宗田は辛抱強く読み解いていった。

「なるほど。確かに、先生から未開封のまま保管しておくようにと言付かった文書があります。金庫に保管していますから、少々お待ちください」

 宗田はレイ子にとっては馴染みのない男だったが、落ち着いた表情や整然としたオフィスの様子から、信用してもいいような気がした。

 しばらくして宗田が蝋で封印を施した書類を持ってきた。

「それでは開封してください。先生のご遺志に従って、立ち会わせていただきます」

 レイ子は言われた通りにした。

 中には、遺書と同じ用紙に同じ筆跡で、「レイ子へ 宗田広太郎と私の墓へ行き、納骨室を開けるように」と書かれていた。

 レイ子が読み上げると、宗田は「墓ですか……」と意味ありげにつぶやいた。レイ子がその意味を問いかけると、彼は、「とにかくお墓に行って開けてみましょう」と膝をぽんと叩いて立ち上がった。

 宗田はクルマで墓に向かう途中、終始、無言だった。彼は何かを思案しているようだった。

 レイ子には、杉並区の墓地について一つ嫌なことがあった。

 それは佐藤栄作の墓がひときわ高くそびえていることだった。甚八が用立てたカネでつくった政党から総理になった人間が、甚八の墓よりも大きく立派な墓に眠るという神経がレイ子には分からなかった。傲慢だった生前の佐藤の性格が、華美な墓石に表れているようだった。レイ子はいつも、佐藤家の墓の前を通り過ぎるだけで、線香を手向けることはしなかった。

 今回も、レイ子は佐藤家の墓を素通りし、真木家の墓に入った。

 墓には、つい1カ月半前に来たばかりだった。母のお骨を納めるためだった。

 墓の造りは特殊で、甚八、母、そしてレイ子が入る納骨室が別々になっている。レイ子は、甚八の骨壺を、彼が亡くなった1948年以来、見ていなかった。

 急遽立ち会ってくれることになった住職と線香を手向ける。墓には木がうっそうと茂り陰鬱な雰囲気だ。参道の両脇には、「家来の墓」と刻まれた墓石が左右に2基ずつ、計4基並んでいるが、そこには誰のお骨も入っていない。

 納骨室を開けるには、モルタルで密封された重い石を動かす必要があった。宗田がバールを突き差し、ハンマーで叩く。梃子の原理で動かすと、石は思いのほか簡単にずれた。

 そこに、金やプラチナ、ダイヤモンドが入っていれば、レイ子は政界を動かすことができるのだった。

「レイ子さん、どうぞ先に入ってください」

 宗田の手を借りて、納骨室に足を踏み入れた。

次ページは、いよいよ『小説・昭和の女帝』が最終局面。真木レイ子は軍資金を手に入れ、ライバルである加山鋭達の派閥を解体し、政界再編を実現することができるのか。