小説・昭和の女帝#35Illustration by MIHO YASURAOKA

【前回までのあらすじ】戦後最大の疑獄、L社事件は、「昭和の女帝」真木レイ子がCIA関係者から教えられた筋書き通りに進んでいた。前総理の加山鋭達は国策捜査で追い詰められ、鬼頭紘太も有罪を免れない情勢だった。CIA関係者はレイ子に、加山は「用済み」、鬼頭は「潮時」と伝えていた。後ろ盾の鬼頭と、宿敵の加山の失墜が確実になった今、レイ子はどう立ち回るのか。(『小説・昭和の女帝』#35)

逮捕された加山が検事に語った言い訳

 前総理大臣の加山鋭達は当初、L社事件が自分の身に降り掛かってくる問題だとは思っていなかった。その予感や気配すら感じていなかった。

 確かに、加山政権が発足した直後、ホノルルで行われた日米首脳会談で、L社の製品の話が出たことはあった。ニクソン大統領が、「日本の航空会社のL社の旅客機、自衛隊の対潜哨戒機P-3Cの導入を希望する」と言ったのだった。

 その1週間前、丸紘物産社長の國井大造が目白の加山邸を訪れ、同様の陳情をしてきた。「L社は5億円の献金の用意があると言っております」と持ち掛けてきたのだ。

 そういう経緯があったから、ニクソンが日米首脳会談でL社の製品について“希望”を口にしたときは、「そうか。アメリカ政府とL社、それと丸紘物産が組んで航空機を売り込んでいるんだな」と思っただけだった。加山は「そうですか。分かりました」と言って、適当に頷いておいた。

 加山には、彼なりの読みがあった。アメリカからのプレッシャーがなかったとしても、国民航空にとってL社の旅客機は有力な選択肢の一つだ。それに国民航空は、ライバルをかける形で国際線に進出しようとしていたから、日本政府に恩を売っておきたいはずだった。「L社をよろしく」と国民航空幹部に示唆しておけば、すんなりと事は運ぶだろうと思った。

 P-3Cについては、旅客機ほど単純ではない。国内では対潜哨戒機を国産化しようという機運があったし、アメリカと同じ哨戒機と捜索レーダーを配備することは、すなわち自衛隊の最前線と米軍の一体化がさらに進むことを意味していたからだ。ただ、この件についても、3~4年で調達方針を決めなければならぬものではなく、各方面にわたるアメリカとの交渉の一つとして取り扱えばよいと思っていた。

 丸紘物産からの5億円も目くじらを立てるほどのものではないと考えていた。大企業からの献金は珍しくなかったから遠慮なく受け取った。丸紘物産からのカネは断じて賄賂などではない。選挙資金、政治資金以外の何物でもなかった。事実、加山はそのように使った。私腹を肥やすなど考えもしなかった。

 そういうわけで、L社事件で世間が騒然としていても、加山はどこか他人事だった。L社の旅客機の名称は、「ポラリスL1011」といったが、「ポラリス」や「L1011」が何を意味するのかも知らなかった。

 ところが6月22日、L社事件で逮捕者が出ると雲行きが変わってきた。国民航空と丸紘物産の関係者が堰を切ったように捕らえられていった。捜査は着々と進み、7月には国民航空社長の岩佐治夫と、丸紘物産の國井までが逮捕された。

 そのニュースを聞いて、加山の奥底に、自分にも司直の手が伸びてくるという予感が芽生えた。しかし、そのことを一度も口にはしなかった。派閥の総会では、「心配ない。私は潔白だ」と言い切った。所属議員たちの心情を思えば、そう言うしかない。逮捕などあり得ないと断言することが、派閥のトップとしては当然だ、と自分に言い聞かせた。加山派は衆参両院に87人の議員を擁する最大派閥であり、結束は揺らいでいなかった。

 だが、彼は密かに自問自答していた。

 一度始まった捜査は簡単には終わらない。彼はこの段階になって、総理の三木武夫が、L社事件に関連して指揮権発動を行わないと公言したことの重大性を痛感した。加山のボスだった佐藤栄作は、吉田内閣の法務大臣が指揮権を発動したおかげで逮捕を免れた。加山にはその手があらかじめ封じられていたのだった。

 そして、運命の7月27日がやって来た。