
【前回までのあらすじ】「昭和の女帝」真木レイ子は、病に伏していた戦後最大のフィクサー、鬼頭紘太を見舞った。妻との思い出などを虚ろな目をして語る鬼頭をみて、レイ子は彼の死期が近づいていることを悟った。(『小説・昭和の女帝』#39)
加山を追い落とすためにレイ子が画策したアリバイ崩し
戦後最大の疑獄事件、L社事件のヤマ場は元総理、加山鋭達への判決だった。
審判が下ったのは1983年10月12日。東京地裁は、加山が総理大臣在任中に5億円の賄賂を受け取ったことを認め、懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を言い渡した。元総理大臣が、法廷で敗れた瞬間だった。
加山は即日、「不退転の決意で戦い抜く」という所感を発表した。
しかし、旗色は悪かった。彼は、あくまで丸紘物産からカネをもらっていないと言い張った。だが、カネの受け渡しがあった事実は丸紘物産関係者の証言などで検察側が立証していたし、アリバイも崩されていた。
弁護士らはカネを受け取ったことは認め、総理大臣の職務権限と航空機の選定は無関係であることなど、別の論点で闘うことを勧めたが、加山は頑として主張を曲げなかった。日本国の名誉を守るために、L社という外資企業から現役の総理大臣がカネをもらったという事実を意地でも認めたくなかったのだ。
加山の秘書兼愛人の小林亜紀が、レイ子に会いたいと言ってきたのは加山の判決から2日後の金曜日だった。
レイ子は身構えたが、その日のうちに会うことに決めた。夕方、事務員たちを帰らせてから亜紀を迎えることにした。彼女自身も亜紀のことは気になっていた。
亜紀は少女のころに次々と親類を亡くし、16歳で天涯孤独の身になった。離婚やキャバレー勤めなどを経て、加山の事務所で働くようになった。その間、前夫の子を1人、加山の子を1人産んでいる。レイ子は亜紀の生き方が自分に似ているような気もしたし、似ていることなどないと、打ち消したい気持ちもあった。