
【前回までのあらすじ】「昭和の女帝」真木レイ子の宿敵、加山鋭達の政権は、カネと女性スキャンダルによって瓦解した。さらに永田町の激震は続く。鬼頭紘太が秘密代理人を務めていたアメリカの大手航空機メーカーL社が、日本政府関係者に賄賂を贈ったことなどが発覚したのだ。(『小説・昭和の女帝』#34)
右翼青年が、セスナ機で鬼頭邸に突っ込むテロを決行
レイ子は虎ノ門の事務所に着くなり、CIA(米中央情報局)と深い関わりのあるニューヨークの海運会社社長、ケイ・イノウエに電話した。
イノウエはタミヤ自動車のクルマを日本からアメリカに運ぶ仕事で大いに儲けていた。レイ子がアメリカの忠告に従って、タミヤ自動車役員の田宮浩二ときっぱり別れたことにも気を良くしているようで、彼女の事務所に毎年2000万円の顧問料を振り込んでくるようになっていた。
その代わりに、レイ子はイノウエのために日本国内の情報収集や、農林省への働き掛けなどを行った。イノウエは1971年に自由化されたアメリカ産グレープフルーツの対日輸出を手掛けている。農林省が国内のミカン産地を保護するために、植物検疫などの名目でグレープフルーツを禁輸するようなことがないよう目を光らせるのがレイ子の役割だった。
「おひさしぶりです。レイ子さん、L社がチャーチ委員会に提出した資料について、合衆国でも話題になっています」
イノウエのエネルギッシュな声が聞こえた。
「新聞記事に、鬼頭の名前が出ていたので驚きました」
「私が聞いたところによると、ミスター鬼頭は、ピーナッツを100個受け取ったそうです。他に、ある自民党幹部も50個もらっていますが、こちらはさほど問題にならないでしょう。なぜなら、日本の保守政党の未来が揺らぐような事態を、合衆国は望んでいないからです。鬼頭さんはそろそろ潮時かもしれません。しかし、彼がカネをもらったことは問題になっても、彼がそのカネを誰に渡して航空機を売ろうとしたのか……、こちらは問題にされないでしょう。さっきも言いましたが、保守政党の未来を担う有望な政治家が、収賄で逮捕されるような事態は好ましくないからです」
イノウエは平然と重要な情報を漏らしていた。しかし、「ある自民党幹部」「保守政党の未来を担う有望な政治家」とは誰のことか。少なくとも表舞台から降りた加山鋭達ではなさそうだった。
「それでは、総理をお辞めになった政治家はどうでしょうか。辞職した後も隠然と力を持ち続けているお方のほうは」
アメリカが加山を疎ましく思っているのはかねて聞いていた。
加山が総理に就任した直後、アメリカに先駆けて日中国交正常化を成し遂げた。これがかの国を逆撫でした。超大国には、超大国が想定する外交のペースというものがある。そのペースを第三国が乱すことは許されない。まして、子分である日本がそのような越権行為に及ぶことなどもっての外だ。
さらに、オイルショックの際、加山がエネルギーのアメリカ依存から脱却するために、中東やフランスなどから石油や原発燃料を調達するための独自外交を展開したのが決定的だった。加山は、オイルメジャーという虎の尾を踏んだのだ。
イノウエはしばし考えてから、「彼はもう用済みです。商社から、そうですね……、同種のピーナッツが50個分ぐらいは行っているようですよ。しかもトップをやっていた時の話です」とささやくように言った。
彼女は「これから日本の政治は変わりますね。ちょうどいいタイミングだったと思います。ありがとうございました」と言って電話を切った。
興奮を抑えきれなかった。ついに復讐のときがやって来たことのだ。加山は総理を辞めてからも派閥の数の力で影響力を保っており、放っておけば復権してくるのは目に見えていた。それを阻止するには、ここでとどめを刺さなければいけなかった。
レイ子が神仏にまで祈った、加山の失脚が現実味を帯び始めていた。彼女は事務室から人払いをして受話器を取り、鬼頭紘太に電話した。