そんな時代に女優として生きることは、職業として演技するだけでは十分ではない。生活そのものがスクリーンだったのである。
大原麗子は、そんな時代に生きた女優だったのだ。
その後、何年かして再び会ったときには、彼女の精神がややバランスを失しているような気がした。この人は死ぬとき、きっと独りで死ぬのではないか、とふと思った。
彼女はいつも人肌の温かさを求めていた女性だったような気がする。
いま私たちは距離をおいて人と接することを強制される時代に生きている。体温を感じる人間関係など誰も求めてはいない。そんな時代に、大原麗子の言葉が懐しく思い出されるのはなぜだろう。
東京都生まれ。1964年、ドラマ「幸福試験」でデビュー、翌年東映入社。「夜の青春」シリーズ、「網走番外地」シリーズなどで人気を博す。鼻にかかった声で話す和服美人のイメージでウイスキーのCMでも話題に。1989年、大河ドラマ「春日局」で主演を務めた。
上演前の杉村春子が
ロビーで声をかけてきた
名優、という言葉ですぐに頭に浮かぶのは、私の場合はまず故・杉村春子さんである。
新劇という枠を超えて、俳優としての存在感の持主といえば、この人をおいて外にはまず考えられない。
偉大な俳優というのは、舞台の上だけでなく日常的などの場面でも大きな実在感を示すものだ。私はたった一度だけ杉村さんとお会いしたことがあるが、そのときの声のトーンから、言葉の切れはしまで忘れることができない。
あれはたぶん、なにかの舞台が上演されたときのロビーの片隅での会話だったと思う。
「五木さん!」
と、声をかけてくれた婦人が、杉村春子さんであることを、私は一瞬、気づかなかった。
舞台の上であれほど大きな存在感を示す杉村さんが、意外に普通の中年婦人にみえたからである。
しかし、杉村春子という個性の発するオーラの前に、私は小学生のようにもじもじしながら、ハイ、とか、イイエ、とか答えるしかなかった。
開幕のベルが鳴ったとき、彼女は「それじゃ」とうなずいて立ち去ろうとしたが、一瞬ふりむいて、私に言った。