顧客の感性による家造りの基準となる
六つの分類

勝沼 メーカーが「製品から体験へ」というシフトが求められていることと、まさに一致する考えだと思います。とはいえ、これを営業の現場に反映していくのは難しい。

矢野 「life knit design」も最初は商品名だと思われていましたね(笑)。そこで、その考え方を反映させたツールを作ることにしました。

勝沼 ツールですか。

矢野 お客さまへのデザイン提案ツールです。これはまず、当社のお客さま実例や一般雑誌に掲載された住宅事例から受ける印象を言語化したところ、大まかに六つのタイプに分けることができました。それを日本カラーデザイン研究所が開発した言語イメージスケールにプロットし、「6つの感性フィールド」と定義しました。

 お客さまにそれぞれの感性フィールドを表した写真をお見せして、その中から好きな写真を5枚選んでいただいて、その理由を書いていただきます。それによって、お客さまの感性の傾向が明らかになります。それをいわば「カルテ」にして、家造りに関わる全てのスタッフがそのカルテを共有する。そんな仕組みを作りました。

 家造りには、営業、設計、インテリアコーディネーターなどが関わります。その全てのメンバーが、お客さまの「感性」や「想い」を共有することができれば、お客さまにとって理想の家ができるはずです。お客さまに寄り添い、スタッフ間のコミュニケーションのロスをなくし、業務の流れもスムーズにする。そんな仕組みができたと思っています。

勝沼 しかし、「life knit design」を顧客に示すコンセプトに終わらせず、デザイン思想として行き渡らせるためには、事業に関わる全ての人々にその本質を理解してもらう必要があります。

デザイナーならではの視点がもたらした、と顧客の新しい家造りとは――積水ハウス 業務役員・デザイン設計部長・矢野直子氏インタビューPhoto by YUMIKO ASAKURA

矢野 おっしゃる通りです。そこはコミュニケーションを続けていくしかないと思っています。ツールを制作するに当たり、こちらから各部門に足を運び、私たちが目指しているものを伝え、意見を聞く作業を繰り返しました。初めのうちは、「デザイン思想とは何か」ということ自体を理解してもらうことが必要でしたが、徐々に浸透し、定着してきた手応えがあります。

 「life knit design」の取り組みを通して、戸建住宅事業ではデザイン思想の意味と有効性が広がったと思いますが、積水ハウスにはそれ以外の事業もあります。

 デザイン思想への取り組みを他の事業にも広げていくことで、全社員が全事業において「これって積水ハウスだよね」という感覚を共有できるようになる。それが理想だと考えています。

勝沼 デザインの取り組みは成果が共有しにくいと思いますが、「life knit design」の取り組みにはKPI(重要業績評価指標)のようなものは設定されているのでしょうか。

矢野 営業担当がお客様との契約に至った件数に対して、ツールを活用した件数。それが戸建住宅事業における現段階でのKPIです。ある程度の効果測定ができる仕組みを整えたことで、事業へのデザインの寄与が明確になったと考えています。