勝’s Insight:本物のデザイナーは造形だけでなく思想も仕組みもデザインする

<インタビューを振り返って>
矢野さんは私の大学の同窓ということもあり、これまでお話をする機会が何度かあったが、今回のインタビューを通して、改めて彼女は「本物のデザイナー」だと感じた。そしてそれが、積水ハウスの企業の思想をつくるという取り組みに、良い作用をもたらしていると実感した。
デザイン思想をつくるに当たって、住宅展示場に足を運んだと矢野さんは話している。そこで彼女は、住宅には「性能」も大事だが、そこに住む人の「感性」がより重視されなければならないという視点を得た。これはデザイナーならではの気付きと言っていい。
その気付きを「life knit design」という言葉で表現しただけでなく、それを、顧客を含めた家造りに関わる人々が体現するために、「感性フィールド」という仕組みを作った。さらにその仕組みの成果を、企業活動として認識しやすい数値的なKPIとして設定する――。この行為全体は一つのデザインといえるだろう。私が、矢野さんが「本物のデザイナー」だと感じたのはこの点である。
「life knit design」は顧客に対する提案の「手法」ではなく、デザイン「思想」である。つまり、それが意味することをデザイン部門だけでなく、事業部門のメンバーや営業担当にもしっかり理解し、納得してもらう必要がある。そのコミュニケーションも含めて、彼女はデザインであると考えている。また、デザインが営業成績にコミットする仕組みを作っているという点で、「デザインがビジネスを引き受ける覚悟」をお持ちである。
デザイナーというと、軽やかでファッショナブルなイメージが一般にはあるかもしれない。しかし、企業におけるデザイン活動とは、熱意と根気ときめ細かさが必要とされる、地道な取り組みである。矢野さんはデザイン部門のリーダーとしてその姿勢を貫かれているが、それができることが、企業におけるデザイン部門のトップに求められる一つの要件ではないだろうか。
矢野さんはとても柔らかな口調で話される方だが、その奥にある芯の強さを私はいつも感じる。その芯の強さが、彼女の丁寧でかつ地道なデザインの取り組みを支えているのだと思う。「life knit design」というデザイン思想が展開されているのは今のところ戸建住宅事業のみだが、今後は企業活動全体にデザイン思想を行き渡らせるチャレンジが進んでいくだろう。そこでもまた、彼女の人間力が発揮されることになると思う。
(第10回に続く)