しかし、実際にはそうではない。今や、「経済安保を確保することは、企業価値を上げること」なのだ。いわゆる「企業価値」の算出方法はいくつかあるが、最も一般的な方法の一つがディスカウント・キャッシュフロー(DCF法)と呼ばれるものだ。この方法では、企業が将来にわたってどれだけのキャッシュを生み出せるかを予測し、その現在価値を計算する。重要なのは、この予測が「その企業の事業活動が未来永劫(えいごう)、継続できるものである」という前提に基づいていることだ。

経済安保への対応が
企業の未来を決める

 この前提部分を数値化したものを「永続価値」や「ターミナル・バリュー」と呼ぶ。簡単に言えば、5年間にわたる中期経営計画の最終年のビジネス状況がその後もずっと継続するものと仮定し、その企業の6年目以降の未来の価値を推計する、という考え方になる。「企業価値」(現在価値)全体に占めるこの「永続価値」の割合は、実に4割から5割にもなる。

書影『ビジネスと地政学・経済安全保障』(日経BP)『ビジネスと地政学・経済安全保障』(日経BP)
羽生田慶介 著

 この「永続価値」を確かなものにするために、必要不可欠になるのが経済安保への対応だ。中長期的に事業を継続していくためには、気候変動対策や生物多様性への配慮、人権対応など様々な取り組みが求められるのに加え、まず何よりも自社のガバナンス整備が欠かせない。そして、近年の地政学リスクの激しい渦の中では、企業自身が経済安保の役割を果たすことが、業界や産業、さらには経済全体の永続性を担保するために必須となる。これはとりもなおさず、自社の永続価値、そして現在の企業価値を向上させることに直結するのだ。

「経済安保への対応こそが企業の『永続価値』を支え、企業価値の向上につながる」という認識を、ビジネスに関わるステークホルダー全員があらためて共有すべきだ。