時代は変わりつつあるものの
根深いジェンダーステレオタイプ
そして、いやだという気持ちを言い表すことだって、まったく悪くありません。日本では、女性は受動的であることが、ある程度評価されてしまう面があります。男性は積極的、女性は受動的、または消極的、といったイメージを持っている人が少なくないのではないでしょうか。
これは、ジェンダーステレオタイプと呼ばれる「男らしさ」「女らしさ」という固定観念です。もちろん、少しずつ時代は変わってきていますし、みんなが同じ考えではないと思います。それでも、社会全体の価値観やイメージは、残念ながらまだまだ変わっていないところがあります。
ですから、特に女性は相手から言われたことを拒否するのはよくないことだと思いこみ、そうすることを難しくしているのではないかと懸念しています。くり返しますが、自分がされていやだと思うことは、相手がだれであろうといやだと言っていいのです。
シーン(16)では、自分の主張に自信がなくなって迷いつつある女の子に、念押しするように頭を強めにたたいて、君のほうがまちがっている、と指摘しています。
本当は、この時点で相手の言動はおかしいと気づけたらいいなと思います。でも、たとえばちょっと強く押されるくらいであれば、それが「暴力」だと気づいたり、相手が自分よりも年齢の離れた先輩や大人であれば、その場で非難したりすることは難しいだろうと思います。
相手にされた暴力・性的行為が
正しいように感じてしまう理由
私は、こういう経験をした多くの人々に接してきました。暴力をふるわれたり、いやだと思っているけど性的なことをされたりしたとき、その話を第三者が聞いたら「相手が悪い」とすぐに思えますよね。
でも、当事者はそんなふうに思えないことがあるのです。まして相手が知り合いだったり、社会的立場が上の人であったりすると、非難することはさらに難しくなります。相手のしていることが正しいのではないか、と思ってしまうことがあるからです。