勝’s Insight:「誠実な変態」が生まれるカルチャー デザインの力を活用する経営の基盤として注目すべき取り組み

<インタビューを振り返って>
デザインが経営の重要なテーマとしてこれほど強く認識されていながら、デザイナーが集約されたデザインセンター的な組織もなく、CDOというポジションもない。取材を振り返って感じるのは、コクヨではおそらく、それぞれの社員が、それぞれの役割の中で、ビジネスとデザインをつなげる役割を果たしているのではないかということだ。そしてその象徴的な存在が、クリエイティブ室のディレクターである安永哲郎さんなのだろう。黒田さんは安永さんを、「誠実な変態」と表現している。これはとてもインパクトのある言葉だが、経営者がCDO的な役割を担う人に求めることが、端的に凝縮されていると思う。
まず、「誠実な変態」の「誠実」とはどういうことか。これは、仕事や顧客に対して誠実に向き合うというだけではなく、社員の多様な価値観から生まれた多様なアイデアを予断なく受け入れる、そういった姿勢を示すものだと思う。シンプルに言えば「ファシリテーション能力」ということになるが、その能力が極めて高い。故にあらゆるアイデアに誠実に向き合うことができる。そういうことなのだと思う。
では、一方の「変態」とはどういうことだろう。これは、単にとっぴなアイデアを思い付くということではなく、Aという意見があり、Bという意見があったときに、それに自分の意見Cを加えて、一つの方向性を提示することができる、ということなのだと思う。その方向性が誰も思い付かないユニークなものであるため、「変態」と称されているのだと私は解釈した。これもまた、高度なファシリテーション能力によって可能になることだろう。
もっとも、そのような「誠実な変態」が1人いるだけでは、デザインの力は企業全体には及ばない。社員がデザインの力を信じ、それをそれぞれの仕事に役立てようというカルチャーが醸成されて初めてデザインは企業の有力な機能となる。コクヨのデザイン経営の神髄はこの点にあると思う。
そうしたカルチャーづくりの基盤となっているのが、コクヨのライブオフィスだ。オフィスのデザインとは社員の「体験」のデザインである、と黒田さんは言っている。「体験のデザイン」は、黒田さんが言うように既にありふれた言葉になっているが、コクヨの強みはそれをいわば「文具クオリティー」で作ることができる点にある。鉛筆や消しゴムをつくる緻密さをもってオフィス空間をつくり、体験をデザインする。それができる企業は多くないだろう。
デザインと経営をつなぐ「誠実な変態」が、「社員の体験のデザイン」を通してどんどん生まれてくる。他では類を見ないデザイン経営の輪郭が浮かび上がってくる。
(第11回に続く)