
15世紀末から18世にかけて、ヨーロッパを中心に行われていた「魔女狩り」。中世のキリスト教世界で行われた異端排除のための宗教裁判で、多くの人々が不当に嫌疑をかけられ処刑された。その魔女狩りにおける異端審問官たちの必携書ともいえる書物が存在した。そこには一体、何が書いてあったのだろうか――。※本稿は、三崎 律日『奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。
1人の男が“怒り”で
書き上げた一冊
『魔女に与える鉄槌』は、3部構成からなる、魔女狩りに関する手引書と言える書物です。
1486年に初版が出たのち、1669年までの間にフランス語版、ドイツ語版、イタリア語版、英語版が発行されて、増刷を重ねた数は少なくとも34版、3万部以上刷られています。
15世紀末から16世紀初頭における、異端審問官たちの必携書として、魔女狩りが本格化するきっかけとなりました。
一連の異端審問によって死に追いやられた犠牲者の数は10万人にも上ります。
この本を著したのは、異端審問官であったハインリヒ・クラーメル(15世紀ドイツのドミニコ会士、宗教裁判官)という男です。
本書は彼がインスブルックというオーストリアの町で味わった、人生初の大敗北をきっかけに生まれました。
1485年から始まった、インスブルックでのクラーメルの異端審問は、被疑者に自白させるためなら脅迫や暴力も厭いませんでした。時には審問の記録を歪曲(わいきょく)することさえありました。