教皇による教書というのは、神の言葉に等しいほど絶大な威力を持ちます。
本書は冒頭に教皇のお墨付きを付け加えたことで、爆発的に普及するにいたったのです。
ちなみに、聖書のなかにも異端者の糾弾を奨励するような記述が存在します。
『魔女に与える鉄槌』が発表された15世紀よりもずっと以前から、すでに異端とする存在を目の敵としていました。
「あなたがたのうちに、(中略)魔法使、呪文を唱える者、口寄せ、かんなぎ、死人に問うことをする者があってはならない」(『申命記』18.10~11)
『旧約聖書』(1955年訳、日本聖書協会)より引用
時代と合致したがゆえに
招いた不幸
第2に、活版印刷技術の出現もこの本の流布を後押しすることになります。
ヨハネス・グーテンベルク(ドイツ出身の金細工師、印刷業者)によって活版印刷技術が実用化されたのは1455年、この本が出版された1486年は活版印刷による書籍印刷ブームとも言うべき時代です。
それまで書物は、手写して複製するしかありませんでした。
美しい活字によって記された書物は実際以上の神秘性を伴っており、大量生産によって瞬く間に普及したのです。
第3は、何と言っても本書の内容です。
『魔女に与える鉄槌』が出版された時代には、ペストの流行や、小氷期(15世紀から19世紀にかけて、世界的に寒冷な気候が続いた)と呼ばれる気候変動がヨーロッパ全土を襲いました。
人々が病に倒れるなか、寒さに弱い小麦やブドウなどの作物も次々と枯れていったのです。その様はまさに「終末」と呼ぶにふさわしく、先行きの見えない不安が蔓延(まんえん)していました。
そんななか、「この世の悪は魔女によってもたらされている」「魔女の増加は終末をもたらす」と語る記述が、当時に生きる人々の不安と合致してしまったのです(事実、比較的温暖な気候であったとされる12~13世紀頃は、魔女狩りに関する記録は少ない)。