収益を生み出す「キーエンスモデル」を
他社がマネできない理由

 この一連のキーエンスモデルそのものは、秘密でもなんでもない。これが成功の方程式だとすれば、他社も導入すればいいはず。しかし実際には、いくら手法としては理解したとしても簡単には実践できない。なぜか。それは先に示した3つのキー・クエスチョンに立ち返らず、手法だけを真似ようとするからだ。

 まず、最初のクエスチョンであるパーパス。先述したように、キーエンスは顧客にとっての「付加価値」に焦点を当てる。そして付加価値とは、顧客が商品に支払う対価と、商品のコストとの差と定義する。それはキーエンスにとっての「利益」と同義である。言い換えるならば、パーパスを高いレベルで実現することで、自動的に利益が高まることになる。

 キーエンスでは、創業以来、付加価値を「お役立ち度」とも表現する。顧客は飛びつきたくなるような価値の高い提案には、コストとは無関係に対価を払う。マーケティングではそれをWTP(Willingness to Pay)と呼ぶ。これを「お役立ち」という大和言葉で表現するところが、いかにも日本流である。

 利益は正当な付加価値の対価である。利益率が低いビジネスは、顧客が付加価値を評価していない証左である。キーエンスの「お役立ち度」=付加価値は半端ではない。粗利率80%、利益率50%を超えるレベルを持続することは至難の業だ。

 しかし、キーエンスにとってそれは結果ではなく、それ自体が目的なのである。高収益こそが、付加価値創造企業としての存在理由と直結するからだ。そして、あらゆる仕組みが高収益を持続できるように設計されている。

 キーエンス流の手法をうわべだけ真似ても、高収益は生み出せない。

 次に2つ目のキー・クエスチョンを考えてみたい。キーエンスは、どのような原理原則(プリンシプル)を組織に実装しているのか。

 同社のホームページには、未来の社員に向けたメッセージとして、フィロソフィー(哲学)が紹介されている。そこでは、社員一人ひとりが「夢中」になるための3つの原理原則が示されている。

 第一に、「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」。これは、同社の経営の原点でもある。付加価値にこだわり続ける理由を、分かりやすく説いている。この原理原則が宗教のように徹底しているところに、同社の特異性がある。キーエンスにおける「本」といえよう。

 第二に、「本質的に考えて、判断する」。これが、同社の原理原則の中でもキモの部分である。それは、さらに3つの原理原則によって構成される。

・市場原理・経済原則で考える
・目的・問題意識を持って主体的に行動する
・キーセンス

 最後の「キーセンス」とは、キーエンスにセンスを掛け合わせた造語だ。「キーエンスというチーム全体で考えた時に、最もよい判断とは何か?」という、全体最適の視点で判断を促す考え方を指す。

 第三に、「任せることで、人は育つ」。キーエンスの新入社員は、半年経つと実戦の場に立ち、修羅場体験を通じて成長していく。それを周囲の先輩社員が、OJTで付かず離れずサポートする。この「自律 × 規律」が、社員一人ひとりが守破離を実践していくうえでの、キーエンスならではの仕組みである。そこでは結果より、プロセスが最重視される。きちんとプロセスを踏めば結果はおのずと生み出せるという信念が、組織全体に貫かれているからである。

 事業モデルではなく、これらの原理原則に貫かれた組織モデルこそが、キーエンスの進化の原動力となっているのである。