野口:時期的に微妙だったのかなと思います。当時は、先輩に当たる宇宙飛行士の方たちがちょうど現役を外れた後でもありました。毛利衛さんは一足早く、2000年に日本科学未来館の館長に就任されましたし、向井千秋さんは2007年に日本へ戻られ、土井隆雄さんは2009年に国連に移っておられて、先輩がいない状態でした。
一方で、後輩に当たる宇宙飛行士たちが本格的に宇宙に行くために訓練を重ねている。そういう切り替えの時期だった気がします。
原点に立ち返って取り組んだ
「当事者研究」とは?
大江:最も境遇が近いのは若田光一さん(編集部注:日本人宇宙飛行士として、最多5回の宇宙飛行と最長504日間の宇宙滞在を記録。2024年3月末にJAXAを退職)でしょうか。
野口:そうですね。若田さんはある意味、僕以上に走り続けている方です。若田さんにもおそらく大変だった時期はあるのでしょうが、ただ、それを超えるぐらいのスピードで、走っていらっしゃるのではないかなと思います。
そんなこんなで不完全燃焼の時期を過ごしている中で、宇宙に行くことの意味ってそもそも何だったっけと考えるようになりました。そうした原点に立ち返って取り組むようになったのが、「当事者研究」です。
立花隆先生(編集部注:日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家)の『宇宙からの帰還』(中公文庫)は、私が宇宙飛行士を目指すきっかけになった本です。そして、まさに宇宙飛行士のその後を描いた当事者研究でもあります。
そもそも、なぜ宇宙に行こうとしているのかとか、宇宙に行くことで内面世界にどのような変化、影響があるのかということを、自分で悶々としているだけではなく、きちんと言葉や文章にして、客観的に見ることをしようと考えたわけです。きっかけは、東京大学の当事者研究会との出合いでした。
大江:当事者研究というのは、研究活動としては比較的新しい分野ですね。
野口:もともとは、北海道にある「べてるの家」という精神障害のある方たちの生活拠点施設から始まった研究活動で、障害者やDV被害者、薬物依存者などが研究の対象です。普通は精神科医がそういう方たちを診るのですが、自分たちでないとわからないところもある、自分たちの問題は自分たちで解決しようという考え方から、当事者自らが研究しようということで始まりました。