……――(A)の差額精算が仕方ないのは(しぶしぶ)理解したが、これでは、(B)の30時間分について、一方的な残業代の払い損ではないか。

 金は払っているんだから、その分だけでも働かせたい――。

 これを解決するのは簡単で、単に固定残業代制度をやめればいいだけである。

 しかしブラック企業は、それはしたくない。固定残業代をやめてしまうと、求人票に記載する月収額が低くなり、良い人材が集まらなくなってしまうからである。

 かくして、固定残業代による見せかけの高収入を維持しつつ、労働者を長時間働かせるべく、ブラック企業はまた悪知恵を働かせるのである。

20代の青年SEの心を壊した
一見、理屈は通っている「繰越制度」

 前置きが長くなったが、ここからが実際の事件の話である。

 数年前の年末、クリスマス当日に事務所の電話が鳴った。電話をかけてきたのは、とある企業の産業医で、次のような内容であった。

「自分が産業医を務めている会社がとんでもないブラック企業だ。いま診ている労働者が、このままでは壊れてしまう。明日から冬休みに入るのだが、年明けに出社させたくないので、なんとかこの年末年始に相談を受けてやってほしい……」

 産業医が自らのクライアント企業を「ブラック企業」と言い切っていることに、尋常ではない事態を感じ、なんとか都合をつけて、年明け早々に相談を入れることにした。

 産業医とともに相談に訪れたのは、20代のシステムエンジニアの青年だった。

 この青年は、超長時間労働のため、うつ病になってしまったという。

 そして、この青年に適用されていた給与制度が、「固定残業代の繰越制度」であった。

 就業規則によると、この制度は固定残業代として支払った残業代のうち、当月の未消化分について翌月以降に「繰り越す」ということであった。

 冒頭の例でいうと(B)の未消化分30時間は翌月に繰り越されることになる。

 したがって、翌月70時間時間外労働をしたとしても、その月の固定残業代40時間分プラス繰越分30時間分で残業代は支払い済みということになり、差額精算は一切行われない。