「心理的安全性」は上司がつくる

 職場の心理的安全性、つまり「自分の意見を出しても否定されない環境」は、マネジャーが日々の対話でつくるものです。

 たとえば、私が知っているある編集部では「編集長の意見も堂々と否定できる」ことが当たり前になっています。その背景には、上司がまず聞く、問いかける、そして自己開示し、先入観を持たずにメンバーの話を受け止めるという態度があります。

 このような職場では、新しいアイデアが次々に生まれ、メンバー同士の信頼関係も自然と深まっていきます。1on1が根づいている企業ほど会議が活性化している、という話もよく聞きます。

 一方、「不幸せ実感」が高い部下ほど、上司との本音の対話ができていないケースが多い、という調査結果もあります。

組織市民行動と「聞くこと」の関係

 もうひとつ注目すべきなのが、「職務の枠を超えて、自発的に貢献する行動」、つまり組織市民行動(OCB)です。

 たとえば、コピー機の紙を補充する。誰も言わないけれど、気づいたら声をかけてくれる。実は、そういった行動が自然に生まれる職場には、部下の声を受け止める上司の存在があります。

 傾聴が育てるのは、信頼と自律です。部下が「どうせ言っても無駄」と思っていたら、組織市民行動など起きるわけがありません。でも、日々の1on1のなかで「そうか、それは大変だったね」と受け止めてもらった経験があると、人は自分の判断で動けるようになります。

 1on1はそのための機会であり、ツールであり、文化の「種」でもあります。傾聴の力を過小評価しないこと――それが、心理的安全性が高い職場をつくる最初の一歩だと思います。

(本記事は、『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』に関連した書下ろし記事です)

永田正樹(ながた・まさき)
ビジネス・ブレークスルー大学大学院助教/立教大学経営学研究科リーダーシップ開発コース兼任講師/ダイヤモンド社HRソリューション事業室顧問
1962年生まれ。1990年ダイヤモンド社入社。2005年同社人材開発事業部部長。2015年ダイヤモンド・ヒューマンリソース取締役兼任。2021年北海道大学大学院経済学院現代経済経営専攻・博士課程修了。2022年より現職。博士(経営学)。専門は人的資源管理。日本労務学会賞(研究奨励賞)受賞。主な論文に「部下育成のためのリフレクション支援:成功事例失敗事例の質的分析」(『人材育成研究』第16巻1号)、「リフレクションを中心とした経験学習支援:マネジャーによる部下育成行動の質的分析」(『日本労務学会誌』第21巻6号)ほか。著書に『管理職コーチング論 上司と部下の幸せな関係づくりのために』(東京大学出版会)がある。