「タスク」が「挑戦」へ変わる

 これまで数多くのマネジャーやメンバーにインタビューしてきて実感しているのは、上司と部下の双方が価値観を知ってマネジメントに活かしているチームほど、信頼関係が強いということです。

 とある企業での話です。

 部下が地域活動でリーダーシップを発揮していたと知った上司が、「それなら、うちでもチームリーダーを任せてみよう」と役割を与えた例がありました。その結果、本人も意欲的になり、チームにも良い刺激が生まれたといいます。

 部下の性格や家庭の事情、働き方の希望を踏まえた上で、「だったらこういう仕事をやってもらおう」とアサインできれば、仕事は単なる「タスク」から、意味のある「挑戦」に変化します。

 さらに、部下の価値観や状況を知っていれば、いざというときの判断が圧倒的に早く、的確になります。

「この人は家族の介護があるから、残業が難しい」

「この人は挑戦が好きだから、難しいプロジェクトに向いている」

 こうした前提があるかないかで、マネジメントの精度はまるで違ってきます。部下の「文脈」を理解することは、単なる配慮ではなく、仕事の設計そのものの質を高める行為なのです。

上司のことも「知ってもらう」

 もう一つ大切なのが、部下の価値観を「聞く」だけでなく、上司の価値観を「共有」することです。

「私はこういうことを大事にしているんだ」「こういう時には、ちょっと厳しくなってしまうかもしれない」。そうした上司自身の価値観も、オープンに伝えていくことで、部下との関係はよりフラットになります。

 1on1は、単に「話を聞く場」ではなく、価値観と価値観が交差する場所です。

 そこで育まれるのは、上司と部下という立場を超えた「人と人」の信頼なのだと思います。

 ここで忘れてはならないのは、価値観は「教えて」と言っても簡単に出てくるものではない、ということです。
 だからこそ、1on1では「聞き出す」姿勢ではなく、「引き出す」構えが求められます。

 焦らず、急がず、「何に喜びを感じるか」「何を不満に思っているか」といった感情の揺れを一緒にたどる中で、少しずつ見えてくるものです。

 ですから、対話の時間は「情報収集の場」ではなく、「関係づくりの場」であるべきだと思います。

 価値観はアンケートではわかりません。日常の雑談でもなかなか出てこない。でも、1対1で、ゆっくり話せる時間を取ると、ふとしたきっかけで現れる。1on1とは、まさにそういう「価値観の断片」が見えてくるための場なのです。

 もちろん、すべての仕事が楽しいわけではありません。でも、「この仕事は、あなたのこの強みに合っていると思う」と言われれば、人は前向きになれます

 そこには「あなたを見ている」「あなたを信じている」というメッセージが含まれているからです。

 マネジメントとは「意味をつくる」ことだと言ってもいいかもしれません。

(本記事は、『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』に関連した書下ろし記事です)

永田正樹(ながた・まさき)
ビジネス・ブレークスルー大学大学院助教/立教大学経営学研究科リーダーシップ開発コース兼任講師/ダイヤモンド社HRソリューション事業室顧問
1962年生まれ。1990年ダイヤモンド社入社。2005年同社人材開発事業部部長。2015年ダイヤモンド・ヒューマンリソース取締役兼任。2021年北海道大学大学院経済学院現代経済経営専攻・博士課程修了。2022年より現職。博士(経営学)。専門は人的資源管理。日本労務学会賞(研究奨励賞)受賞。主な論文に「部下育成のためのリフレクション支援:成功事例失敗事例の質的分析」(『人材育成研究』第16巻1号)、「リフレクションを中心とした経験学習支援:マネジャーによる部下育成行動の質的分析」(『日本労務学会誌』第21巻6号)ほか。著書に