この男、外に女がいるようで、問題の携帯はその連絡に使っていたようです。奥さんに迫られて認めたかどうかは知りませんが、ことによったら家を追い出されかねない事態だったのかもしれません。
谷口が応接室に入ってきました。
「お前がしゃべったんだろう」
と男は声を荒らげます。
「申しわけございません」
と言って谷口は頭を下げる。
男は今にも殴り掛かりそうな形相になっていますが、「まあまあ、この者も2台目の番号とは知らなかったようで、その件は家庭内で収めていただかないと。さらにことが大きくなるといけませんので、外野は引き下がります」と、私は言い切りました。
当然、相手は言葉がありません。
「申しわけございませんが、彼はもう帰しますがよろしいでしょうか」
と言うと、素直に頷きました。
男が抱えている問題について
ついアドバイスをしたくなるが…
ここから苦情が脇道に逸れ、言いがかりを付けてくるかと思ったのですが、気が抜けたようです。
男の置かれた状況について、思い浮かぶ対応策はいくらでもありますが、アドバイスは禁物です。そのアドバイスの結果あらぬ方向に行ったということになると、さらに面倒になります。求められたら、「そのような境遇にないものですから、自分では判断できません」と、言うことです。
でも、からかうのは自由です。私は今までの恐怖感が消え、若造をいじりたくなり、同時に気の毒にもなりました。いつしか、自分が裕福になり、金が自由に使えることから増長し、自分はクレームを言ってよい人間だ、それが当然だと勘違いするクレーマーになっていたのでしょう。
会話が途切れ、その場の空気がよどんだので、私は男に話を振りました。
「どんな趣味をお持ちですか」
「車かな、今、ランドクルーザーに乗っている」
「大きい車の都内での運転は難しいでしょう」
「慣れたよ、今洗車してもらっている」
「そうですか、当店でですか」
と聞くと、そうだと答えた。絶対にボロは出せないと思って臨んだ結果、気持ちが落ちつきました。それに、この方は、苦情の二の矢は持ち合わせていないようです。