すでに21時50分を回っていました。洗車も終わっているはずです。それを告げると素直に「帰るか」と言い、立ち上がりました。この後の奥さんとの戦いはそう簡単ではないでしょう。

洗車後の車に乗った男性が
放ったもう一つのクレーム

「送りますよ」と相手を先導しました。すでにお客様用エスカレーターとエレベーターは停止になっているので、従業員用のもので移動をし、別館のカーディーラーまでお送りしました。

 男は洗車が終わった車に乗り、走り出しました。坂のコーナーを出る前に、急ブレーキがかかる。ドアが開き、男が私の名前を呼びます。

 おっとりとそこに行くと、「関根さん見てよ、これだよ」と、前ガラスに流れる2筋の水跡を指し「しっかり拭けよな、これが百貨店の仕事だよ」と言われました。やっと元のクレーマーに戻れたのでしょう。

 さらに、ついでがありました。

書影『カスハラの正体〈完全版〉となりのクレーマー』(関根眞一、中公新書、中央公論新社)『カスハラの正体〈完全版〉となりのクレーマー』(関根眞一、中公新書、中央公論新社)

「関根さんはいつもいるの」

「いやいや、私はあなたとは付き合いたくないですよ。もう二度と会わないでしょう」

 と言うと、憮然としました。

「いや、申しわけありません。本当のことを言うと、○○さんとはいつまでもお付き合いを願いたいのですが、2カ月後には退社して他の企業に移ります」

 と伝えると、一瞬笑みを浮かべたが、本当にがっかりしたようで「ほんと、それは残念だ、また会えるかな」と。私は「無理でしょう」とにやりとし、彼も笑い、車のドアを閉めました。

 このとき、この男まだ若いと踏み、20代後半なのだろう、と読みを改めました。走り去る車は元気になっていました。がんばれ。