
安定している
東海林の動機
この流れはかなり慌ただしい。だが東海林は東京行きを迷うのぶの背中を押すためにわざと厳しいことを言っているのだろう。仕事がなくて困っていたのぶを新聞社に招いたのも東海林。東京行きを勧めるのも東海林。
彼の動機は、あくまでも困っているのぶの力になることなのだ。義理や責任に縛られることなくその人にとって最適な道を優先する、それが人としての役割なのだろう。
のぶは次郎の遺言「絶望に追いつかれない速さで走れ」を見つめ、考えた結果、東京に行くことを決意した。
のぶは部屋の窓のカーテンを開け放つ。そこから白いまぶしい光が差し込んできた。
さっそく朝田家に行って報告。そこに嵩(北村匠海)もたまたまやって来た。
のぶの決意に「そうきたかあ」と蘭子は『べらぼう』みたいな台詞を言う。
メイコは、落胆する嵩を「大丈夫?」と心配する。
「ええときに来たねえ」と羽多子。ヤムがありあわせの材料でアンパンもどきを作ったのだ。
とうもろこしのパンのなかに芋の餡を入れたもので、似ても似つかないにもかかわらず、なつかしのアンパンの味だとのぶたちは喜ぶ。嵩は涙ぐんでしまい、ヤムにからかわれる。
たとえ材料が違っても、釜次が作った釜とヤムの技術によってできたパンは、本物の一流職人の味という点で同じなのだ。
葬儀の晩、ヤムは釜次の寝間着を着て、彼の作った釜に手を触れて何か深く考えていた。「弔いのアンパン」を作ろうとそのとき決意したに違いない。そういえば、ヤムが出ていくとき、この釜のある場所で、ヤムと釜次は話し合っていた。
そのときヤムはこれまで誰にも話したことがなかった自分の過去を釜次に明かしたのだ(第45回 演出は同じ野口雄大)。この場所は、自分の腕に誇りを持った者たちの聖域なのだろう。
「弔いのアンパン」であると同時に、のぶがついに東京に行くことを決心したことへの祝いのアンパンでもある。のぶが元気にあんぱんを頬張っているのを、嵩がそっと見つめていた。こういう繊細な目線が北村匠海は巧い。
「ほいたらね」と遺影の釜次が明るく囁いた。遺影にはあんぱんが供えてある。
この遺影はいつどこで撮ったものなのか。のぶが撮った写真だったらいいなあ。
