やなせたかしのエンタメに
中国人民は大よろこび
ここでやなせ先生は、父が東京朝日新聞で働いていた頃に残した文章をもとにして紙芝居をつくります。

紙芝居の主人公は、離れ離れに暮らす双子です。それも、片方が傷つけば、もう片方も痛みを感じるという、まさに一心同体とも言える双子です。
ある日、2人は兄弟であることを知らずに戦ってしまうのですが、互いに双子であることを知って仲良くなります。そして、この一心同体の双子こそが日本と中国のことであり、だから日本と中国は仲良くしましょう、という筋書きです。「東亜の存立と日中親善とは双生の関係だ」という、父が遺した文章がそのまま主題になっており、この頃からやなせ先生は、父の遺志を継いだ仕事をしていたわけです。
やや話はわき道にそれますが、父の場合は既に仕事を遺していたからこそ、残された者がそれを引き継げるという点はポイントだと思います。これが弟のような戦中派の場合、何か仕事をするのはこれからなので、引き継ぎが格段に難しくなってしまいます。しかもその戦死者が卓抜した才の持ち主であれば、彼が果たしたであろう仕事もまた卓越していたでしょうから、ますます引き継ぎが困難になり途方に暮れるしかありません。こうした状況における苦しい胸の内は、先に引用したやなせ先生の詩にもよく表現されているように思います。
さて、この紙芝居ですが、現地では大変な人気を博しました。子どもも老人も押し寄せたのは娯楽が少なかったためか、はたまた中国人の通訳者が勝手に日本軍の悪口を追加して喜劇に改編したためなのか、やなせ先生も色々と推測しましたが真相は定かではありません。確かなことは、紙芝居が終わると村人たちがごちそうをしてくれて、それがなかなか美味しかったことと、この地でやなせ先生たちが思いがけず平和な時間を過ごしたということです。