突然ですが、ここで計算問題です。紙やペン、電卓などを一切使わず、暗算してください。「35×8」はいくつでしょう。
多くの人は、まず5と8をかけ合わせ、くり上がりの桁の情報を保持しながら、3と8のかけ合わせを行い、最終的に280という答えにたどり着いたかと思います。この暗算において、「頭のなかでくり上がりの桁の情報を保持しつつ違う部分の計算を行う」という過程で、ワーキングメモリが機能しています。
ほかにも、ウェブサイトにログインするときに求められる二段階認証の入力などでも、ワーキングメモリを使っています。クレジットカード番号を入力したり、個人アカウントやパスワードを入力したりする際に、本人確認のための番号がメールに送られてきて、その入力を求められることがありますね。このときにも、一旦その番号を別の紙にメモしたり、パソコンの別ウィンドウやスマホで確認しながら入力したりすることもできますが、一度その番号を覚えて、頭のなかで復唱しながら入力することもあるでしょう。ワーキングメモリの働きには、数字の計算や暗記だけでなく、見たり聞いたり話したりなどの言語情報なども含まれます。
“前倒し派”は
ワーキングメモリが小さいのか?
このワーキングメモリの容量には、個人差があります。ワーキングメモリの容量が大きい人は小さい人に比べて、状況やタスクの難易度に応じて、行動を切り替えることが容易です。この傾向に着目したのがラグナスらの研究グループです。彼女らは、ワーキングメモリの容量の個人差と前倒しとの関連に着目した研究を行いました。(注1)
実験方法はワシントン州立大学のフルリエらの実験(図表3-2)(注2)を概ね踏襲し、参加者に数字記憶課題を実施したり、カップに入った水の量を満杯にしたりしながらカップを運んでもらいました。そして、予備的なタスクへの認知的負荷を増やした場合、ワーキングメモリの容量が大きい人は、スタート地点の近くにあるカップを自動的に選択するという前倒し行動を控えるのに対し、ワーキングメモリの容量が小さい人は、前倒しをする確率が高いだろうと予想しました。ワーキングメモリの容量の大きい人は、タスクの状況や効率を加味して判断していると考えたのです。
(注2)Fournier, L. R., Coder, E., Kogan, C., Raghunath, N., Taddese, E., & Rosenbaum, D. A. (2019). Which task will we choose first? Precrastination and cognitive load in task ordering. Attention, Perception, & Psychophysics, 81(2), 489-503. https://doi.org/10.3758/s13414-018-1633-5