第3のDX:顧客管理・営業支援システムによる営業改革──“未来”を共有できる組織へ

 在庫管理の見える化に成功した八戸東和薬品だが、次なる壁は「営業」だった。13年以降、医療機関や薬局に対し、ジェネリック医薬品を使えば診療報酬で優遇される制度が導入されるようになると、ジェネリック医薬品は一気に普及。それまで先発医薬品を得意としていた医薬品卸売会社をはじめ、競合他社が次々と市場に参入するようになる。そこで重要になるのが営業力の強化だった。

「営業会議が、いつも“過去”の話ばかりだったんです。『去年この先生はこう言ってた』『昔こうだったから』みたいな情報ばかりで、鮮度がない。それに営業活動の質にばらつきがあった。断られることを嫌がってクロージング(営業の最終段階で顧客に契約を締結してもらうステップ)しない営業担当者もいたんです」

 それを打開すべく、16年に導入したのが顧客管理・営業支援システムだった。商談ごとの進捗ステータス、訪問日、受注確度、クロージング予定日。全ての営業活動を“見える化”し、チームで共有する仕組みを整えた。営業担当者は当初戸惑いながらも、次第にデータ入力と確認が日常業務に組み込まれていく。

在庫半減、売上高4倍を実現した中小の医薬品卸会社が取り組んだ四つのDXとは?営業のデジタル化を進めたことで、再現性の高い営業活動が可能になった

 営業担当者はそれぞれ100件近い得意先を抱えている。その中で、どこに力を入れるか、どの商品を提案すべきか。その判断がリアルタイムでできるようになった。

「それまでは、新商品が出たら『発売日から営業スタート』というのが当たり前だった。でもそれ以降、『発売前からクロージングしておこう』という意識に変わってきました」

 つまり、発売日にゼロから営業を始めるのではなく、事前に商談を進めておくのだ。そうすれば競合他社を出し抜き、発売日当日から成果が出る。これも顧客管理・営業支援システムによって得られた“未来思考”の成果だった。

「営業は『今この瞬間に何をやっているか』を可視化しないと改善できません。事実を共有して、全員で戦う。そのための基盤がようやく整った感覚でした」

 さらに、営業担当者全員にGPSを持たせ、行動を可視化。緊急の訪問依頼に対応したり、移動の効率化も行ったりした。

第4のDX:BIツールによる経営情報の可視化──全員経営へ

 次なる課題は、経営層だけで完結していた「意思決定プロセス」を、いかに全社レベルにまで拡張するかだった。

「一番多くの情報を持っているのは社長である自分。でも、それでは意味がないんです。全社員が自分で判断できる材料を持っていないと、組織は強くならない」

 そこで高橋氏が導入を決めたのが、リアルタイムで経営データを可視化できるBI(Business Intelligence)ツールだった。

 BIツールは、複数のシステムに散らばったデータを統合し、瞬時にグラフや表として可視化できる。これにより、販売実績、欠品状況、在庫量、訪問件数、売り上げ進捗など、経営に必要なあらゆる情報を一画面で確認できるようになった。そして全社員がこの画面を見られるようにした。

 今では、会議資料のほとんどがBIツール上で完結するという。Excelで数値を加工する手間はなくなり、毎日リアルタイムの数字を見ながら話し合いができる。社員一人一人が「経営者の視点」を持ち始めたことで、組織そのものが変わってきたという。

 DXとは単なるIT化ではない。会社の全員が同じ方向を見て、同じ判断軸を持ち、同じスピード感で行動できること。それこそが、高橋氏の考える“本質的な変革”だった。

 創業から約40年。小さなジェネリック医薬品卸会社は、販売・在庫・営業・経営の各領域で、四つのDXを積み重ねることで組織の土台を再構築してきた。そして2億円だった売上高は4倍の8億円に。従業員は16人に増えた。

 高橋氏は、事業の未来を「変化点への感度」で決まるものだと考えている。「事業環境が10年前と一緒という業種はないし、変化のサイクルも短くなっている。そんな今を生き残るために最も重要なのが、変化点にいかに早く気付くか。そしてその対策をデジタルで行うのが、今の経営者に必要なDXの考え方だと思います」。